藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

バカの効用

*[次の世代に]人生を切り開く面白さ。

Yahoo!ニュース・林家木久扇さんのインタビュー後半より。
ライバルは「先月の売上げ」好きな言葉は「入金」と洒落る師匠が語る。
東京大空襲で自宅を消失したという体験からの流転の人生。
その時々の辛いことからどうやって生きる道を探していくか。
戦争世代はそんな教訓を残してくれる。
高度成長期の"ど真ん中世代"との違いは、やはり諸行無常ではないだろうか。
バカの得意技は、あんまり考えずにまず動き出しちゃうこと。
自分にできることを見つけて、自分で人生を切り開いていく面白さを感じてほしいですね。
与えてもらおう、正解を教えてもらおうと思っていても、楽しい人生にはなりません。
貴重な体験の話は、今聞いておかねばならない。
もうあまり時間はないのである。

今の日本には「バカ」が足りていない―― “笑点の黄色い人”林家木久扇が貫くバカ道

 

現在、弟子が11人(真打ち6人、二ツ目4人、前座1人)。寄席や落語会では、自らロビーに出て「木久蔵ラーメン」を手売りする。「道に向けてガラスに押し当てて、ほらほらって指さすとウケるんですよね。お客さんとあれこれお話しできるのも楽しいですし」
落語には貧乏話がたくさんありますけど、本当に貧乏暮らしをしていそうな落語家が「たくあんは尻尾のところがオツで」なんて話をしたら、物悲しくて聞いてられません。本当はそれなりにステーキとかいいもの食べてるんだろうけど、高座では貧乏をリアルに語るのが芸だし、カッコいいと思う。インタビューで「ライバルは?」と聞かれたら、「先月の売り上げ」と答えています。一番好きな言葉は「入金」ですね。
お金へのこだわりを話しても、ユーモラスでほのぼのした印象を受けるのは、人柄のなせる業である。本当は貧乏ではないのに貧乏を語るのが芸であるのと同じように、バカではないのにバカを演じるのも、磨き上げた芸にほかならない。
バカは楽しいですよ。「あの人はバカだから」と思われたら、誰にも恨まれないし、みなさん仲良くしてくれます。ちょっとぐらい失敗しても「しょうがないなあ」で済んじゃう。「バカの力」は人間関係を円滑にしてくれます。ただ、人を傷付けるようなことを平気で言っちゃう「本物のバカ」には、なっちゃダメです。バカにされたくないとムキになるのも、かなり困った種類のバカですね。いや、私に言われてたら世話ないですけど。

これまでに2度、落語を聴いた人から「死ぬつもりだったんですけど、木久蔵さんの落語で大笑いしたら悩んでいるのがバカらしくなって、死ぬのをやめました」という手紙をもらったことがあるという。「噺家やっててよかったなと思いました」

今の日本には「バカ」が足りていない

最近はなんだか窮屈な世の中になっていますよね。「生きづらさ」なんて言葉もよく目にします。電車に乗っていても、若い人がつまらなそうな顔をしてる。生きているのは面白いことのはずなのに、もったいないですよね。みなさん、バカが足りないんじゃないでしょうか。そりゃあ毎日いろんなことがありますけど、いちいちまともに受け止める必要はない。柳に風で、そよそよ吹かれてればいいんです。悩みや苦しみのほとんどは、考えてもどうにもならないことや、どっちでもいいことなんですから。
戦後の民主主義教育って、いい面もいっぱいあるけど、「みんな平等です」と教えたのはあんまりよくないですね。人間は平等ではありません。与えられた環境は人それぞれだし、得意不得意もある。人と同じものを欲しがるから、手に入らなくて腹が立ったり引け目を感じたりするんです。バカの得意技は、あんまり考えずにまず動き出しちゃうこと。自分にできることを見つけて、自分で人生を切り開いていく面白さを感じてほしいですね。与えてもらおう、正解を教えてもらおうと思っていても、楽しい人生にはなりません。

40代で重度の腸閉塞、62歳のときには胃がんで胃の3分の2を切除、そして5年前には76歳で喉頭がんを患った。「空襲も入れて、4回死にそうになりました。今こうやって生きて落語をしゃべっているのは奇跡みたいなもんです」
――昭和、平成と世の中を明るく盛り上げた林家木久扇さんが、令和の時代に持ち越した「宿題」はなんでしょうか。
落語家として、バカとして、たくさんの人に笑ってもらえた人生に悔いはありません。まだまだ元気ですから、令和ではバカの普及と育成に力を入れたいと思っています。
そのためにもやりたいのは、落語のアニメを作ること。落語はライブの芸だから、その場で消えちゃう。でも、今は映像で残すことができる。落語には昔から、小道具を使って盛り上げる芝居噺という手法がありました。今の技術と組み合わせた新しい形の落語があってもいいはずです。そういうのも、言葉遊びと絵を描くことの両方ができる自分の役割かなと思って。
アニメになれば、世界中に落語を広めることができます。矢が飛んできて「やあねえ」なんてのをアニメで表現できたら、小さな子どもたちもきっと飛びついてくれる。子どもの頃から落語に親しめば、人間に対する優しいまなざしみたいなものを覚えてくれて、丸みがあるっていうか、トゲトゲしない大人になってくれそうです。それこそ、バカのふりができるようになる。そういう大人を増やしたいですね。
近ごろは、世の中がどんどん進歩して、なんだか人間の情感が置いてけぼりになっているように感じます。パソコンやスマホに振り回されているし、リニアモーターカーで東京から名古屋に30分ぐらい早く着いたところで、それがいったい何なんだってことですよ。ゆっくり立ち止まって、日常生活の中で面白いものを発見する力を取り戻したり、鷹揚に生きる幸せを思い出したりしたほうがいい。そうなるために、令和の日本では「バカ」がもっと広まってほしいですね。いや、みんながみんな私みたいになっちゃったら、日本の国も困りますけど。

 
林家木久扇(はやしや・きくおう)1937(昭和12)年、東京・日本橋生まれ。落語家。東京大空襲により生まれ育った自宅が焼失。56年に漫画家・清水崑氏の書生となる。氏の紹介で60年に三代目・桂三木助に入門。61年に桂三木助が死去し、八代目・林家正蔵門下に移り、林家木久蔵となる。65年、二ツ目昇進。69年から日本テレビ系『笑点』のレギュラーメンバーとなる。73年、真打ち昇進。82年、「全国ラーメン党」を結成。2007年、木久蔵の名を息子のきくおに譲り、林家木久扇となる。近著に『林家木久扇 バカの天才まくら集』(竹書房文庫)がある。

石原壮一郎(いしはら・そういちろう)1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。以来、『大人力検定』『大人の言葉の選び方』『大人の人間関係』など、大人をテーマにした著書多数。相手をリラックスさせつつ果敢に踏み込み、本音や魅力を引き出すインタビュー術にも定評がある。趣味は、スマホに頼らず知らない街を徘徊すること。