藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

AI観音

 

*[ウェブ進化論]ロボットに返信する菩薩。
ネットで僧侶の手配をするのはともかく。
羯諦羯諦波羅羯諦(ぎゃていぎゃていはらぎゃてい)」。高台寺の南にあるホールにたたずんで合成音声の般若心経を唱えるのは「アンドロイド観音」。アルミニウム削り出しの骨組みで、背骨部分には束ねたケーブルが見える。皮膚に覆われているのは顔と首と胸元、それに両手だけだ。
製造はアンドロイドの第一人者・大阪大の石黒研究室。
開発に携わった高台寺の後藤典生前執事長は「仏教では、常に最先端の技術を使って仏の教えを説いてきた。その進化の一端だ」と話す。

仏の教えは最初は口伝で人々に伝わり、書物に変わってさらに多くの人が知ることができた。仏の姿を見たい欲求に応えて仏画が生まれ、手で触れる仏像に「進化」した。すべて、その時代で最高水準の表現方法だ。「いま先端のアンドロイドを使うことに、何の違和感もない」(後藤氏)

 仏という「超然」の存在が、今ならアンドロイドが適任になる。

自分たちが信じていた信心とか宗教とかいうものは、実は結構論理的な存在でもあったのだ。
アンドロイド観音とか、僧侶とか、ブッダとかキリストとか。
そんな存在に違和感がなく、むしろ納得できる「AI教祖」たちの時代はすぐそこに来ているらしい。
ありがたい話である。
 
アンドロイド観音が法話 スタートアップが弔い変える
9月下旬には「秋の彼岸」を迎える。かつては家族がそろって先祖の墓がある寺院に参る風景が各地で見られたが、最近は寺院と地域社会の結びつきが弱まっている。そのため父母が亡くなった際に弔いの手順で悩む人も多い。一方の寺院も運営が年々難しくなりつつある。そんな誰もが経験する弔いの場面を手助けするスタートアップ「寺テック」の姿を追う。
 

AIスピーカーで僧侶を呼ぶ

家族が逝去する事態は誰もが想像したくないが、いつかは避けられないことでもある。実家に家族全員が住んでいるならば付き合いの長い寺院に葬儀などを依頼しやすいが、故人が若い頃に実家を出て交流が途切れている場合も多い。誰に何を、どう依頼するのか。遺族は悩んでしまう。
 
そんな遺族を手助けするのが葬儀仲介スタートアップ、よりそう(東京・品川)だ。「クローバ、僧侶手配を開いて」「お坊さんを呼んで」。こんなふうにLINEのAIスピーカーに話しかければ手続きが始まる。
 
AIスピーカーの返答は「コンニチハ、お坊さん便の僧侶手配です」。遺族が(1)葬儀(2)供養(3)戒名授与――から選んで電話番号を伝えると、よりそうのコールセンターから詳細確認の電話が来る。日付や時間などを打ち合わせ、時間通りに僧侶が来て葬儀が始まる。
 

不幸があった直後は様々な準備が必要。電話帳やインターネット検索で寺院を探すのは簡単ではない。クローバに話しかけるだけで僧侶を呼べれば遺族の負担は減る。
 
よりそうはオンラインでの僧侶手配「お坊さん便」を2013年に始め、全国の1300人を超える僧侶と提携して遺族の要望に応えている。今年4月には「平成供養便」と銘打ち、昔の恋人からの手紙のような捨てられないモノを供養する行事を東京・浅草のイベント会場で開いた。
 
人形供養や針供養のようなモノの供養は寺院の主要な役割の一つだが、都会で住む人が私物を寺院に持ち込んで供養を依頼するのはハードルが高い。これも一般人と寺院をつなぐ同社の事業だ。
 
「お坊さん便」の年間利用者は毎年拡大しており、よりそうの19年2月期売上高は20億円を超える規模に成長したとみられる。22年には10万件の葬儀を担う考えだ。芦沢雅治代表取締役は「葬儀には一般に10人以上が参列する。10万件を担えば100万人にサービスを提供できる」と話す。
 

反省を踏まえて確認を徹底

同社には反省すべき過去もある。不透明な葬儀の会計を明朗にしようと「これっきり価格」などの宣伝文句で葬儀を提供してきたが、広い会場を使った場合などに追加費用が発生するケースの表記が不十分だった。
 
消費者庁から景品表示法違反と認定され、19年6月14日付で再発防止命令を受けた。反省を踏まえてホームページの記載を改め、利用者には必ず確認の電話を入れるなど改善を進めている。
 
さらに今後は葬儀だけにとどまらず「終活」関連の事業に広く参入する考えだ。その一例が相続で、葬儀の発注を手軽にしたように相続の手順も変えようとしている。
 
「お坊さん便」が登場する背景にあるのが社会構造の変化だ。かつては地域社会で複数の世帯が強く結びついていたが、現在は「近所付き合い」は希薄で、地域全体で寺院を支える機運は低い。葬儀は地域社会の行事から各家庭が個別にする行事に変わり、必要に応じて遺族が寺院を「選択」する時代になった。
 
18年度版の宗教年鑑によれば国内にある仏教系寺院の数は7万7112件で、約6万7000店舗ある喫茶店よりも多い。一方で檀家の減少や後継者不足は深刻で、住職がいない「無住寺院」が2万件あるとされる。過当競争の影響で売り上げ減少が続き、後継者不足にも悩む。そんな中小企業の姿に似ている。
 

仏の教えを最先端の技術で

寺院での祈りの形もスタートアップのテクノロジーが変えつつある。京都・東山の高台寺豊臣秀吉の妻、北政所(ねね)が秀吉を弔うために建てた由緒ある寺院に、それは存在する。
 
「羯諦羯諦波羅羯諦(ぎゃていぎゃていはらぎゃてい)」。高台寺の南にあるホールにたたずんで合成音声の般若心経を唱えるのは「アンドロイド観音」。アルミニウム削り出しの骨組みで、背骨部分には束ねたケーブルが見える。皮膚に覆われているのは顔と首と胸元、それに両手だけだ。
 
30分間の法話が始まると室内は暗闇になる。アンドロイド観音だけが照らし出され「ワタシは観音の名前で知られる観自在菩薩(かんじざいぼさつ)」と、おもむろにしゃべり始めた。ホールの天井や壁にはプロジェクションマッピングで般若心経の文字が流れる。
 
投影する映像には般若心経の教えについてアンドロイド観音に問う人物が登場。映像とアンドロイド観音のやりとりを聞き、般若心経262文字に込められた教えを知ることができる内容だ。
 
作ったのは大阪大学石黒浩教授の研究室の技術を活用したロボ開発スタートアップ、エーラボ(東京・千代田)。夏目漱石などのアンドロイドを製作した実績を持つ。約3000万円で製作した。奇をてらった「客寄せ」とも思えるが、高台寺は大まじめだ。
 
開発に携わった高台寺の後藤典生前執事長は「仏教では、常に最先端の技術を使って仏の教えを説いてきた。その進化の一端だ」と話す。
 
仏の教えは最初は口伝で人々に伝わり、書物に変わってさらに多くの人が知ることができた。仏の姿を見たい欲求に応えて仏画が生まれ、手で触れる仏像に「進化」した。すべて、その時代で最高水準の表現方法だ。「いま先端のアンドロイドを使うことに、何の違和感もない」(後藤氏)
 
これまでのアンドロイドと同じように体全体を皮膚や装束で覆うことも技術的には可能だった。しかし後藤氏は「これは観自在菩薩がロボットに変身して我々の前に現れた姿。ロボットらしくないと意味がない」と主張。現在の姿になった。
 

納得感を得ることが重要

法話を語るメディアが僧侶からアンドロイドに変わったことで若者など、それまで仏教に関心が薄かった層も引き付けた。19年3月の公開から現在まで、のべ約6000人がアンドロイド観音を拝観した。東京都内から高台寺を訪れた24歳の女性は「お寺のポスターでアンドロイドの存在を知った。感動した」と涙ぐんでいた。スタートアップと寺院の連携が、新たな感動を生み出す。
 
葬儀も寺院での祈りもそれぞれの人にとって大切な時間であり、私財を投じる行為だ。「寺テック」にかかわるスタートアップ各社は通常の経済活動以上に利用者の心情に配慮し、公正に事業を進めて納得感を得られるように努めなければならない。
 
(企業報道部 矢野摂士)
 
日経産業新聞 2019年9月10日付]