藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

終わり考(2)

*[7つの習慣]いつでも終わりを。

50歳を超えるとリアルに「自分の最後」を幾度も考えるようになるという事実。

それも日に日に頻度が増してくるという呪いのような状況になってくる。

けれどそれは「究極のトレーニング」でもあるのだ。

なのでそんなトレーニングをぜひ若い人にやってもらいたい、という話。

(想像すれば、今年90歳になろうという自分の父親などは、日々"究極の死生観"に晒されているのだと思うと、まだまだ先は長いと感じ入る)

 

それにしても「私的成功」の一番目の習慣が「主体性を発揮する」で、二番目が「終わりを思い描くことから始める」

そして三番目の「重要事項を優先する」へと続く流れはシンプルかつ隙がなく、とても美しい組成だと改めて感心してしまう。

以前7つの習慣、読んで理解できただけではあまり意味がなく、日常に「瞬間的に思い浮かぶ」ようになってこそ身に付くものだと書いたことがあるが、全くその通り。

習慣とは実にすごいものだ。

それはともかく。

 

今スタートしたばかりのプロジェクトとか自分の仕事の将来とか。

新しい家族とか付き合い始めたパートナーとか。

細かく見れば「一時間後の終わり」もあるし「今日の終わり」ももちろんある。

 

終わりが見えれば、先回りもできる。