藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

暗黒物質(3)

*[ウェブ進化論]当たり前、に戻る。

ここ何日か「正解のない問題を探っては考えること」-藤野の散文-について書いていた。

他人の目をまったく気にすることなく、自分なりの価値観で暮らす。

それが「当たり前の世界」は今までとはまったく景色が違うだろう。

AIやロボットによる自動化の時代(藤野の散文)はそんな時代になると思う。

 

みんながそれぞれに「思い思いの道をゆく」のが当たり前になったら大企業で働きたいと思う人はどれほどいるだろうか。

公務員になりたい人はどれだけいるだろうか。

それくらい「安定して"安心したい気持ち"が強かったのだ」と大人たちは気付かされ、驚くのに違いない。

いかにこれまで「たくさんの正解と言われていたこと」ばかりを追いかけていたのか、と。

 

そしてそんなスタイルが「正解を辿ること」よりもメジャーになってしまったら、これはこれで大人たちはいよいよ大変だ。

「自分なりに生きよ」と初めて言われて、けれどそこに決まった正解はない。

もう一度「自分はどう生きたいのか?」を今一度問い直すことになるだろう。

 

そういえば欧米人には(肉食で捕食されてしまいそうなビジネスマンもいるけれど)自分なりのライフスタイルに拘っている人は比較的多いように思う。

 

「均質の日本人」はどんな風に変わっていくのだろうか楽しみだ。