藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

作り手と演じ手。


早いもので、もう三月。
音楽の春、というわけでもないが、ここ四十路になってずい分音楽や芸術についての見方が変化してきた。
なに。
それまで全然分かっていなかっただけのことなのだが。


NHK論説委員のブログより。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/16420.html


世に、ピアノは高級品もあれ、おっかな二千万円以下である。
スタインウェイとか、ベーゼンドルファとか。
車の値段ではないが、まあ常識の範囲内、てな感じである。


それに比べて。
ヴァイオリンは度外れている。
特にストラディバリウス、その師の作ったアマティ。
何が、そんなに希少性を持つのか。


そんな疑問に、かつて師と仰ぐ糸川英夫博士は言う。
「特定の音が、遠くまで響くのが名器なのだ」と。
自分もいずれはバイオリンを師事したいなぁ、とおもっていたら、千住さんの記事を発見した。
間違いなく楽器に魅了されたヴァイオリニストの一人だろう。

八十歳のアリア―四十五年かけてつくったバイオリン物語

八十歳のアリア―四十五年かけてつくったバイオリン物語


世に、異性に魅入られた有名人のエピソードは事欠かないが、それと同じ。
芸術にもそんな入れ込みがあるのだ、ということが分かる。
何にしても「芸の世界」は奥が深い。


入る人は心してから。
でも楽しい。

視点・論点 ストラディバリウス「デュランティーの魔力」
バイオリニスト 千住 真理子

多くのバイオリニストにとって憧れの楽器、ストラディバリウス。
今日はそのストラディバリウス「デュランティーの魔力」と題してお話しします。

=VTR1分=
ストラディバリウスの製作者、アントニオ・ストラディバリは1644年、イタリアのクレモナに生まれ、1737年、93歳でこの世を去ったと言われています。
当時にしては驚異的な長寿であったストラディバリは、早くも10代から楽器を製作し始め、93歳の亡くなる直前までひたすら作り続けました。その製作時期は4つに分けらます。
まず、ストラディバリの先生であったニコロ・アマティの影響が濃い初期、次にロングパターンと呼ばれる細くて面長の楽器が生まれた中期、そして現代に残る文化遺産的名器が、集中的に製作された黄金期、最後にやや衰えをみせ始めたといわれる晩年期です。

その黄金期は1700年からの20年間、中でも更に黄金期と言われるのが1714年〜16年の3年間、実にストラディバリ70歳〜72歳、今でいう後期高齢者の年齢でした。
さて、そんなストラディバリウスがなぜそんなにもいいと言われるのか、昔から畏敬され、注目されてきた理由はいったいどこにあるのでしょうか。
その謎をとこうと多くの科学者たちが様々な実験を試みました。
しかし、形やニスの配合、材木の種類など物理的には他のバイオリンと何らかわりない、なのに音になった時、すさまじい威力を発揮する、それこそが最大の謎であり唯一の真実なのです。
その音は通称「ダイアモンドトーン」と言われますが、まさにダイアモンドのような強さと輝きに象徴されるからでしょう。また、数々の伝説が生まれたのもストラディバリウスの特徴です。
それは決していい伝説ばかりとは限らず、中には身の毛もよだつほどぞっとするような伝説もあり、それによってストラディバリウスは、時に貴重がられ、時に恐れられてきたのです。
その中に「ストラディバリウスが弾き手を選ぶ」という言い伝えがあります。
私たち人間がどんなにストラディバリウスを欲しがっても、いくらお金を用意しても、手に入れることは出来ない、逆にストラディバリウスのほうから人間を選んでやってくるのだ、という話です。
しかも選ばれた弾き手はその運命に逆らうことは出来ず、ある一つの楽器を巡っては、その楽器を手に入れた人間は次々に同じ運命を辿る、とも言われています。
それほどまでに強い意思を持つストラディバリウスは、弾き手にとっては、いかなるものなのでしょうか。
私がデュランティーという称号をもつストラディバリウスに出会ったのは2002年の夏、その時、私自身が望んでいた訳ではなく、まるでストラディバリウスが突進してきたような勢いで、いきなり私の目の前に現れました。楽器を運んで来た人からは「この楽器は天使にも悪魔にもなる。
どちらになるかはあなた次第だ」といわれたのを覚えています。デュランティーは1716年、いわゆる黄金期に製作された一台で、その一人目の所有者はローマ法王・クレメント13世である、と鑑定書に記されています。

約20年間バチカンにとどまったこのストラディバリウスは、その後側近のの手によってフランス貴族デュランティーのもとに運ばれ、約200年間、眠ることになります。その間このストラディバリウスの存在を誰も口外しなかったため、ローマ法王のもとにあった、あのストラディバリウスはいったいどこにいってしまったのかと人々の間で噂になり、ついには幻のストラディバリウスとまで言われたといいます。
後にデュランティーのやかたにあったとわかったとき、この楽器にデュランティーという称号がつけられたのです。
その後スイスの貴族へ渡り80年間保管されたあと、私のもとへやってきました。つまりストラディバリが製作してから300年の間、プロのバイオリニストに弾かれたことが一度もなかった楽器だったのです。
いま300年の眠りから覚めて、突然私の元にやってきたデュランティーは、いったいどんなメッセージを持って、何を私に求め、何を望んでやってきたのでしょうか。初めてデュランティーに触れた時の驚きは今でも忘れることが出来ません。まるで生き物に触れた時のような触感、うごめき、それも今まで「見たことのないような生き物」に触れてしまったような衝撃でした。実際には動かないけれど確実に命が宿ってるような、そんな恐ろしさがあり、身の引き締まる思いでした。デュランティーを弾き始めるといつまでも弾き続けてしまうような魔力を感じます。
たとえ体がへとへとになろうが、筋肉がどんなに痛くなろうが、弾き続けざるを得ないようなエネルギーに包まれます。
更に弾き方も、音楽の捕らえ方も、デュランティーによってすべてがリセットされて、私はゼロからバイオリンを勉強し直さなければ、ならなくなったのです。
更に、私の人生プランまでも、私はデュランティーによって変わらざるを得なくなりました。
デュランティーを弾いていると、それまで想像したことのない音色が突然現れます。
未知の音色に刺激された私は、その音色に導かれるように、新しいイメージがひらめき、音楽がどんどん変化していきます。
無限に広がる可能性を秘めるデュランティー、このストラディバリウスと共にあゆむ我が人生は、デュランティーがすべて決めている気さえします。300年の眠りから覚めたデュランティーは、この現代に生きる私たちに、強く伝えたいメッセージがあるはずです。
そのメッセージを一人でも多くの人に届けられるよう、私はこの命を燃やしていきたいと思っています。
=演奏約1分=