藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

近藤誠氏、新著。

「放置療法のすすめ」とある。
がんと、がんもどき。
ざっくり言えばそういうことになるらしい。

 がんには早期の発見・治療が鉄則とされてきたが、転移がんは初発巣の発生時にすでに生じており、早期に発見・治療がされようがされまいが生存期間とすればほぼ同じこと。

こういう話が、新説なのか、真説なのか、こうしたユーザー側目線での検証は医薬業界が全体として取り組まねばならない喫緊の課題ではないかと思う。

次々に登場する新薬や、民間療法、新しい検査機器や生活習慣の健康法。
さらに医学が進んでいるということが、さらに大局観を欠いてしまう、というのは他の世界でもよくあることである。

個別の専門家の研究は、決して間違いではなく「ある原因と結果」を指し示すが、それらを部位ごとに集約し、さらに体や臓器全体でバランスをとった体系になるのは、まだもう少し先のことなのだろうと思う。

ゲノムの解析は終了しているそうだが、「遺伝子と人の一生」が解き明かされるまでは、まだまだこれからも妖しげな健康法も、過去の言い伝えも、占いまでもが幅を利かせる時期が続くのだろう。

ただそれらが「ぜーんぶ明るみに出た社会」はどうだろうか。
自分の寿命も、これから罹るであろう病名も、体質の傾向も、全部が事前に分かってしまっては、何か人生は”機械のメンテナンス工場”のような様子になってしまう。
これはこれでとっても味気ないも思うのだ。

■どのように生きていきたいか

 慶応大学医学部放射線科講師の近藤誠が乳がんでの温存療法を提唱したとき、日本の医学界では異端視されたが、やがて一般的な療法となった。「がんと闘うな」「抗がん剤は効かない」も刺激的言葉であったが、意味するところを正確に理解すれば故ある指摘であった。
 このたびの「放置療法のすすめ」もまた刺激的である。肺がん、胃がん前立腺がん、乳がんなどの「固形がん」、さらにそのなかで主に転移しない「がんもどき」の症例を取り上げつつ考察と提言を行っている。
 61歳時、前立腺がんと診断された男性は手術を勧められ、近藤のもとを訪れる。腫瘍(しゅよう)マーカーは高いが、治療の必要なしと放置。以降73歳のいまも元気に暮らす——。
 62歳時、スキルス胃がんとなった会社社長。手術を拒否して近藤外来へ。無治療での経過観察を選択、9年間は元気で社長業に勤(いそ)しむ。がんが腹膜へ転移した時点で緩和療法を行う。72歳で永眠——。
 多くの症例において、「もどき」であった場合はそのまま放置、転移し生活に障害が出てきた時点で対症療法を行う流儀が採られている。
 がんには早期の発見・治療が鉄則とされてきたが、転移がんは初発巣の発生時にすでに生じており、早期に発見・治療がされようがされまいが生存期間とすればほぼ同じこと。それなら少しでも通常の生活ができる日々を多くもったほうがいい、というのが本書の趣旨である。
 がんとは遺伝子の変異であり、「老化」であり「自分自身」である。根治という意味では「将来にも、たいした夢も希望もありません」。詰まるところ、残された時間、どのように生き、どのように死んでいきたいのか。がんはいつも哲学的命題を伴ってやってくる。自身の自由意思で人生を選び取っていきたいという人々にとって、本書は〈励ましの書〉ともなっている。
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文春新書・819円/こんどう・まこと 48年生まれ。慶応大医学部放射線科講師。『あなたの癌(がん)は、がんもどき』など。