藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

何を自分の考えにするか。

読書家で知られる芸人、ピース又吉氏の書評。
ん、なかなか読ませる。(笑)
お笑い芸人というのは、どこか哲学的なものだと改めて思う。
哲学がないと、恐らく「徹底して面白いもの」は語れないのではないだろうか。
それはともかく。

人生の意味付け。

自分が信じる親とか、師とか先輩とか。
そして、自分が玉条にするものの考え方とか、行動の規範とか。
人間はそうした「心の躾」を受ける余地を持っている。
これが恐らく他の動物と決定的に違うところなのだろう。
また逆に「そうした拠り所」がないと、常に不安を心に抱える不安定な生き物でもある。
まあ「繊細で厄介な」存在なのである。

子どもの頃はみんな、何で生まれてきたんだろう、何のために生きてるんだろう、という疑問があったと思う。答えの出ないまま、とりあえず見ないようにしてやりすごそうと決め込んだのが27、28歳の頃。

主人公は後に刑務官になり、死刑確定を目の前にした男に「殺したお前に全部責任はあるけど、そのお前の命には、責任はない」という言葉をかけます。どんな状況でも生きる意味はある、どんな命でも。思春期に戻って、治らないまま無視していた傷が、かさぶたになった気がしました。この考え方を信じようと思えたのは、今までの人生になかったことでした。

この「治らないまま無視していた傷」を負っていない人はいないだろうと思う。
あえてそれを抉り出すところが又吉氏が注目される由縁だろう。

同じ方向の少し先を歩いている、自分と似たお兄さんのような本を常に探しています。

まさに、ただ平坦に毎日を過ごしている時でも。
大きな挫折や困難に遭った時でも。
何か心がささくれて自棄な気分になったときでも。
ちょっと幸せな気分になった時でも。

自分たちはいつも不安なのだ。
それが人間、と言ってしまっては話は続かないけれども、そうした嚥下し、腹に落ちる納得感のある言葉は、時として自分たちの日常を救ってくれるものなのだ。

そして、そうした「お兄さん」に会うべく、また読書漂流の旅へと出るのである。

ピース・又吉直樹さん(お笑い芸人)と読む『何もかも憂鬱な夜に』

[掲載]2012年12月20日

■この考え方を信じよう

『何もかも憂鬱な夜に』 著・中村文則 (集英社文庫・420円)

芥川賞の受賞作が載るたびに「文芸春秋」を買ってました。好きな作家、古井由吉さんの選評を読みたかったからです。芥川賞の候補になったときから中村文則さんの名前は知っていて、デビュー作の『銃』から読んでいます。

銃を拾う大学生の心境がだんだん変化していくのがリアルでした。僕が立ち止まって考えていることがテーマになっていて文体もぴったりあう。めっちゃ良い作家を見つけたと思いました。中村さんの小説は全部好きで『掏摸(スリ)』もすごくいいんですけど、1作を挙げるなら『何もかも憂鬱(ゆううつ)な夜に』。

子どもの頃はみんな、何で生まれてきたんだろう、何のために生きてるんだろう、という疑問があったと思う。答えの出ないまま、とりあえず見ないようにしてやりすごそうと決め込んだのが27、28歳の頃。そのすぐ後でこの小説に出会い、驚きました。思春期の葛藤を馬鹿にせず、ちゃんと向き合った言葉がありました。

子ども時代を施設で過ごしていた主人公は、飛び降りようとして施設長に止められます。施設長は彼にこんな話をします。アメーバから人間まで、生き物はつながっていて、その長い線がどこかで途切れていたら今のお前はいないんだ。無数の生き物の奇跡の連続は「いいか? 全て今のお前のためだけにあった、と考えていい」。

主人公は後に刑務官になり、死刑確定を目の前にした男に「殺したお前に全部責任はあるけど、そのお前の命には、責任はない」という言葉をかけます。どんな状況でも生きる意味はある、どんな命でも。思春期に戻って、治らないまま無視していた傷が、かさぶたになった気がしました。この考え方を信じようと思えたのは、今までの人生になかったことでした。

太宰治が好きなのも、自分の中にあることを言葉にしてくれているから。同じ方向の少し先を歩いている、自分と似たお兄さんのような本を常に探しています。

読書芸人として取材を受けるときは、期待に応えなあかんという気持ちがあります。僕が読んできた小説は、間違いなく面白いという自信はある。でも、又吉が勧めるなら面白いだろうと前向きに受け止めてもらえる保証はないし、僕自身がそこまで信用されているとも思わないので、若い子が読んで面白そうな本は何か、と考えたりしています。ただ最近、取材の間にふと、自分は本を読ませるための人間じゃないのに、なんでこんなに必死で本を紹介してんのやろ、と思うことがあります。なんなんやろ。考えていくと、本が好きやから、なんでしょうね。