コンピューターの意味は、その革新的な「局所の速度」ではなく、ユビキタスをも超えた、「際限なく広がるコンピューター端末と、そこから得られるデータの処理」へと移行している。
つまりユビキタスという言葉の先にあった「あらゆる存在にセンサーを」という時代が到来している。
人や、道具や、輸送システムのあらゆるところにセンサーが備わり、「必要に応じて」あらゆる計算が可能になる。
久多良木氏の言うように、いつの間にか我われ自身も知らない「関西人の性向」とか「日本人の行動」とか、また「中東のイスラム教徒の意向」とか「世界の富の遷移」なんてものも、知らずに分析できる時代がくるのではないだろうか。
そして、そうした未来を予見した作品が、キューブリックの「2001年宇宙の旅」に端を発するとなれば、SF世界の空想力の高さをもはやエンタテイメントに過ぎない、と言っている訳にもいかないだろう。
「映画の冒頭、猿が道具を使うことを覚えるシーンがあります。モノリスに猿が恐る恐る触れるという『好奇心』。それが、すべての進化の源であることを暗示しているのでしょう。そして、衛星間旅行が可能になるほどに進化した人類が、月面に埋まった次なるモノリスを掘り起こすシーンがあります。この第二のモノリスに触れた瞬間、人類はさらに高度な知能を獲得して惑星間旅行すら可能になります」
「そして土星の衛星近くの宇宙に浮かぶ巨大なモノリスに遭遇し、ついに人類は『時空間』をも自由に飛び越えることが可能な『超人類』へと生まれ変わります。そんな壮大な物語であったと思います。この21世紀は、まさにそういった現代のモノリスを生み出そうとしている局面とも言えるのではないでしょうか」
このわずか七行の空想が、自分たちがリアルに歩んでいる「科学の道」そのものなのかもしれない、ということをこれから百年間に自分たちは知っておいた方が良いだろう。
過去、いつの時代もSFの空想を後追いして、リアルの科学が発展している、という構図を、今一度今の時代の自分たちが考えてみるべきなのではないだろうか。
(IT!おまえはどこへ)久多良木健氏が語る 後編
IT界の大御所3人に、急速に進歩するITはどこへ向かっているかを聞いています。ソニーのゲーム機プレイステーションの生みの親である久多良木健さんの後半です。
久多良木氏:上「スマホ後の世界」 スマートフォンを通じてネットワークの向こう側に集積された情報が巨大な知識情報処理システムで処理され、いままで出来なかったことができるようになると言う久多良木さん。インタビューの後半では、この知識情報処理革命がどんな未来を創るかを語ります。(聞き手・大鹿靖明)
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――ネットワーク上で起きる知識情報処理革命は、これまでのITの進歩・革新とどこが違うのですか?
「従来のコンピューターは、限られた演算能力とメモリー容量の制約の中で、なんとか与えられた仕事をこなしてきたわけです。例えば売り上げの集計や経理処理、実験データのとりまとめとかね。そんなコンピューターの『神経細胞』って、せいぜい入出力デバイスとしてのキーボードやマウス、プリンターやスキャナー程度ですよね。もちろんインターネット経由で外部の世界にもアクセスできますが、ブラウザー経由でタグ付けされた文章や画像にアクセスできる程度で、さらにその先の世界にまだ神経細胞を伸ばし切れてはいませんし、そこから何かの知見や推論を導き出すだけの演算能力や知識データベースを備えているわけでもないのです」
■コンピューターが現実につながる
「しかし、スマートフォンの普及によって、無数の端末がネットワーク経由でクラウド側のコンピューターにつながっている状態が突然にして創り出された。世界中の人々がスマートフォンで日常的にコミュニケーションし、撮影した写真や動画、全地球測位システム(GPS)などのセンサーから取得した情報やユーザーのコメントと共にクラウド側にアップロードし始めた。それらが、フェイスブックやツイッター、グーグル、ラインなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じてクラウド側に急速に集積され始めているのです。クラウド側のコンピューターから見れば、膨大な数のスマートフォンを通じてリアルの世界に直接触れられる機会が拡大しているとも言えます。情報処理システムが、はじめてリアル(現実)な世界と密接につながろうとしている。これが従来との大きな違いです」
――コンピューターがスマホを通じてリアルな世界を知ることができる。リアルとの融合ですね。
「そうした動向をネットワークの中を流れるデータ量のトレンドで見ているのが、米国シスコ・システムズ社です。その予測によると、2020年には370億個の機器やセンサー類がインターネットにつながる。あとわずか数年内にパソコン、スマホ、センサー、電力などのインフラ、カメラ、さらには見守りや医療機器などを含めて370億個のノード(ネットワークの接点)がインターネットにつながっていく。あらゆるものがインターネットにつながる『インターネット・オブ・シングス(Internet of Things:IOT)』の時代が到来すると予見しているのです」
「そうなると、インターネットを介してサーバーと端末がコミュニケーションするだけではなく、インターネットにつながるマシン同士が会話するマシン・トゥー・マシン(M2M)という概念も現実味を帯びてきます。当初は一定のプロトコルのもとでセンサー同士やコンピューター同士がコミュニケーションを始めるものの、その後はコンピューターやセンサーがより自律的なコミュニケーションを求めるようになるかもしれません」
――情報処理システムが自律的なコミュニケーションを始めると、どうなるのでしょうか?
「すでに実現に向かっている事例ですが、日本海溝にセンサーを多数設置して地震や津波の予測を行おうとするプロジェクトが始動しています。災害予測の精度は、今よりもっと正確かつ精密になるかもしれません。医療の分野では、今後革命的な進化が起きる可能性があると思っています。地球上のどこかでウイルスが変異したとすると、人間や動物に感染して大流行してしまう前に収集可能な病理データを広範に分析し、今後どの地域にどれだけの患者が発生しそうか、今まで以上に高い確度で予測できるようになるかもしれません。それにより、効果的なワクチンの確保や感染防止のための時間がかせげるようになるかもしれません。ターゲットとなる変異ウイルスに効果がありそうな、新ワクチンの開発に要する時間も大幅に短縮される可能性もあります」
「ビッグデータ(キーワード参照)活用の事例では、世界中のツイッター上のつぶやきの中から『熱っぽい』、『せきが出る』という特定のキーワードを検索することで、どの地域で今後インフルエンザが流行し始めるかが分かるという報告もあるんです。何か大きな疫病が発生したときには、全世界がパンデミック(地球規模の感染)に陥ることに対抗するため、さらに時間を加速可能な情報処理システムの開発が待ち望まれています」
――我々マスメディアはどう変わっていくでしょう?
「たとえば空間にセンサーが溶け込んでいるような時代になっていて、それらがネットワークにつながっているとすると、大鹿さんとこうやって話していても会話が瞬時に文字に置き換わり、話し終えたときにはインタビュー起こしがもうできあがっている、というようなことが今でも技術的には十分可能です。そんな空間センサーがなくても、大鹿さんのスマートフォン上の特定のアプリケーションを起動しておけば、ネットワークを経由して瞬時に同様のことがクラウド側でできるようになると思います。そこにそれぞれの記者のノウハウやメディアの立ち位置、編集・編成スタイルと言った部分まで、知識データベースとしてクラウド側のAI(人工知能)が獲得可能になるとすると、将来は自動的に読み応えのある記事が配信可能になるかも知れませんね」
「しかし、これはあくまで技術的な可能性ということで、実際に運用が始まるとすると思想的な意味で大変危険なものになると考えています。やはり、メディアの有する多角的な視点とか『良識の府』としての姿勢は今後もしっかりと堅持すべきものだと思います。多角的な視点の抽出自体は情報処理システムの得意とするところではありますが、『良識』のような深い概念を獲得するには、まだまだ多くの時間を要するでしょう。恐らく、未来にわたっても獲得不可能なものではないでしょうか」
■人類に進化の予感
「巨大な情報処理システムは『時間の加速器』でもあるので、さまざまな分野で、従来10年もかかっていたことがわずか1年とか1カ月とかで処理できるようになるかもしれません。経験則から当面不可能だと思えるようなものでも、それほど遠くない将来に実現する可能性が高まっています」
――なんとなく「トロン」を開発した坂村健さんが提唱していたユビキタス・コンピューティングの世界に似ていますね。
「一段と進むような気がします。『ユビキタス』というのは『散在する』という意味で、ありとあらゆるものにコンピューターが埋め込まれていくような世界をイメージしていましたよね。そこに『知能』と言えるような知識情報処理システム群がネットワークを介して多数つながり始める、といった世界を想像して頂けるとわかりやすいかと思います。それらの『知能群』がリアルな世界を間接的に見守るようなイメージです。クラウドを脳と例えると、このクラウドが世界中を見聞きする。ただし人間の脳と違うのは、全世界で起きていることを極めて短時間のうちに、しかも広範に把握し分析できるようになるという点です」
「このようなコンピューター同士、つまりそれぞれの用途別に最適化された巨大な知識情報処理システム群が、相互に密接にコミュニケーション可能になる、というのが次のステップです。一例をあげるとユーザー特性を管理しているコンピューターと、サービスを提供するコンピューター、決済するコンピューター、これらはすべて別々に構築された情報処理システムですが、こういった複数のシステム群が有機的に組み合わさって、さまざまなサービスを提供していくようになるものと思います。しかも、これらのシステム群はそれぞれに学習能力を備えていて、時間の経過と共に次第に進化し賢くなっていくかもしれない。やがては、どこかで実用的なAIが誕生するでしょう」
――映画「2001年宇宙の旅」に出てきた、人工知能を備えたコンピューター、HAL(ハル)のようなものですか。
「意味的に近いかな。あの映画では、人類が非連続的に進化する局面ごとに謎のモノリス(巨大な石柱)が人類の前に突然現れましたよね。よく1968年に、あれだけ未来を見通した哲学的な映画をつくれたものだと感動します。あそこで描かれるモノリスは、人類の進化の局面を一気に加速する巨大な知識データベースだったのかもしれませんね」
「映画の冒頭、猿が道具を使うことを覚えるシーンがあります。モノリスに猿が恐る恐る触れるという『好奇心』。それが、すべての進化の源であることを暗示しているのでしょう。そして、衛星間旅行が可能になるほどに進化した人類が、月面に埋まった次なるモノリスを掘り起こすシーンがあります。この第二のモノリスに触れた瞬間、人類はさらに高度な知能を獲得して惑星間旅行すら可能になります」
「そして土星の衛星近くの宇宙に浮かぶ巨大なモノリスに遭遇し、ついに人類は『時空間』をも自由に飛び越えることが可能な『超人類』へと生まれ変わります。そんな壮大な物語であったと思います。この21世紀は、まさにそういった現代のモノリスを生み出そうとしている局面とも言えるのではないでしょうか」
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〈久多良木健(くたらぎ・けん)〉1950年、東京・深川生まれ。1975年、電気通信大を卒業し、ソニーに入る。93年にソニー・コンピュータエンタテインメントの創業に関わり、テレビゲーム機プレイステーションを発売し、一世を風靡(ふうび)する。99年に同社社長。2000年からはソニー本体の取締役にも就き、03年に副社長に。ソニーグループの一線を退いた後の09年にサイバーアイ・エンタテインメントを設立し、同社社長。楽天などの社外取締役も務める。
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〈ビッグデータ〉コンピューターの処理能力が劇的に向上したことで、従来では個別のデータにすぎなかったものを相互に関連づけて情報処理し、ビジネスや利用者に役立てることをいう。たとえば、ソーシャル・メディアへ投稿した画像や文字の情報とネット通販での購買履歴を組み合わせ、その人が望むであろう広告を届けることが可能になる。防犯や災害対策など公共に資する活用ができる半面、個人のプライバシーを侵害する懸念もある。