藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

使われぬ道具。

少し前から後見制度の研究をしているのだけれど、どうも「ここ」というところの使いどころが分からない。
思い余って介護の専門家に聞いてみたら「実務的には機能していない」との回答だった。

認知症という、言わば人の尊厳性にも関わる重要な問題について、医学も、そしてさらに法律が
追いついていないと言うことである。
まあ、病気かどうかの境目など元々曖昧なものだし、さらには本人の意識を越えて意識の程度を判断しようとしているわけなので、後見制度を使えるものにするためには、事前の本人の協力が不可欠ではないかと思う。

実用的な後見のあり方について、もう少し考えてみたいと思う。

[守る・備える]市民後見人 身寄りない人へ

金銭管理や生活見守り
ホームで暮らす女性を訪問する市民後見人の黒田さん(右)。女性は「頼りにしています」と話す(埼玉県川口市で)
 認知症高齢者の財産を守り、生活を支える成年後見制度が始まって13年。家族や専門職ではない一般市民が後見の仕事を担う「市民後見人」が増えている。支え合いの新たな仕組みとして国も養成を進めている。(小山孝、写真も)

 8月上旬、埼玉県川口市の有料老人ホームを、市民後見人の黒田信忠さん(68)が訪れた。東京都品川区の区営住宅を引き払って入居した認知症の女性(98)と会い、健康状態などを確認するためだ。

 「ご飯は食べていますか」「はい。歯も丈夫ですからね」

 笑顔で語る女性に、黒田さんはほっとした様子だ。

 女性には身寄りがない。台所でボヤ騒ぎを起こしたこともある。一人暮らしは限界と判断した区が、2009年に家庭裁判所に申し立て、黒田さんが後見人に選任された。

 黒田さんは、非鉄金属メーカーで経理の仕事に長く携わった。学生時代に障害児支援を行った経験があり、退職後はそうした経験を生かそうと、都の市民後見人講座を受講。品川区社会福祉協議会に登録後、女性の後見人に選任された。

 後見人の仕事は、財産管理や介護サービスの利用契約など幅広い。多額の財産がある場合は、専門知識がある弁護士や司法書士などが選ばれることが多い。低所得で身寄りのない高齢者は日常の金銭管理や生活の見守りが中心になるため、地域住民が「市民後見人」として活動した方がきめ細かく生活を支えられると期待されている。このため、一部自治体では市民後見人の養成を行ってきた。

 養成講座では一般に、成年後見制度の仕組みや理念、相続の知識、消費者被害の対応などを学ぶ。その後、地域の社協で高齢者の見守りなどを行いながら経験を積み、後見人に選任される例が多い。品川区では、区社協NPO法人が取り組み、約50人が市民後見人として活躍中だ。

 黒田さんは、女性に代わって入居契約を行い、年金から施設の利用料を支払う。施設のケア会議にも参加して、「薬の量は適切ですか」「買い物に連れていってほしい」と意見や要望も言う。

 3か月に1度、活動内容を監督役の同社協に報告し、交通費などの実費や、裁判所が決めた月1万円程度の報酬を女性から受け取る。「市民の目線で日常生活を支援することに、責任とやりがいを感じます」と黒田さんは話す。


 後見が必要な高齢者が増える一方で、専門職の数は限られている。国は昨年施行された改正老人福祉法で、市町村が市民後見人の養成や活動の支援をすることを努力義務と定め、87市区町でモデル事業が行われている。

 市民後見人の活用には、後見人の不正防止のための監督や、後見人が困った時にいつでも相談に乗れる支援体制が欠かせない。

 約40人の市民後見人が活躍する東京都世田谷区。吉川りつ子さん(60)は今春、70歳代の女性の後見人になった。その後、女性に借金があることがわかり、アパートの立ち退きも迫られることになった。

 困った吉川さんは、世田谷区社協に相談。検討の結果、弁護士を介して自己破産の手続きを行うことになった。現在、弁護士を交えて手続きを進めている。

 区社協権利擁護支援課の田辺仁重(ひとえ)課長は、「市民後見人の中には、寄り添ってきたお年寄りが亡くなることでショックを受ける人もいる。心のケアも含め、後見人を独りにせず、安心して働いてもらう支援体制作りが必要だ」と指摘する。

 全国社会福祉協議会の調査(12年)では、6割の市町村が「市民後見人の監督や支援体制が十分ではない」ことを課題に挙げた。安心して活動できる支援体制ができるかどうかが、新たな支え合いの仕組みを生かすカギといえそうだ。

 成年後見制度 判断力が不十分な認知症高齢者などに代わって財産管理や福祉サービスの契約を行う制度。2000年に始まり、約16万6000人が利用する。昨年選任された後見人の半数は親族で、残りは弁護士や司法書士社会福祉士など。市民後見人は131人だった。

(2013年9月10日 読売新聞)