藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

欲望の多様化。

asahiの朝井リョウ古市憲寿という若い両作家の対談。
さとり世代、と聞いてうまいこというなぁ、と思ったけれど、本当に今の若者が悟っているのかどうか、いやむしろ本当の悟りに至るような人生経験は戦中・戦後から一貫して減少しているに違いないので、そんな「悟った風」はむしろこざかしい、とも思う。

さらに。

朝井 全員に「共通する欲望」がなくなったってことだと思う。たとえば、僕にとっての「ほしい」は他人にはわかんないってこと。

誰もが「一律の栄華」を欲しなくなった時代。
それこそが今の「無気力」「さとり世代」と言われる根拠かもしれない。
要は「さもしい感覚のない時代」の生きざまということだろうか。

朝井 生まれた時からネットがあって、中学生のときからクラス別のネット掲示板がある。
どう言えば、どう書かれるかを、「先回り」して考えることに「耐性」がある。
目立ち過ぎても目立たなすぎてもいけない。
こういうと、若い人は「大変だ」「かわいそうだ」と思われがちですけど、そうじゃない。
子どものころからそうだから、そういう能力はすでに搭載されているんです。
四足歩行だった先祖に「今の子たちは二足歩行だから大変ね、足が2倍疲れる」と言われてもピンとこないですよね。その感覚かと。

この子供のころから「搭載されている」という感覚そのものが、一昔前と違う。
今はそういう「機能装備の時代」なのである。
そして「全員に共通する欲望」はすでに無くなっているという。
これからの十代・二十代にはそうした「まったく新しい価値観」こそが受け入れられるのかもしれない。

そしてさらに「そこからやりたい自分の夢」が湧き出してゆく時代なのかもしれない。
自分たちも、五十がらみで決して夢がないわけではないけれど。


欲望語ると「ネタ」にされる 朝井リョウ×古市憲寿対談
「草食系」や「さとり世代」――。「最近の若者」とセットで語られるのは、野心や欲望を感じさせない言葉だ。本紙でも昨年8月、作家の渡辺淳一さんと林真理子さんが対談し、若い世代に向けて、ギラギラした野心や欲望の大切さを説いた。いわく、「幸せの原点」「欲望をエネルギーに」。でも、本当に若者って「欲がない」のか。さとり世代に属する作家の朝井リョウさん(24)と、独自の若者論で知られる社会学者の古市憲寿さん(29)に、欲望について語ってもらった。

欲望、ギラギラさせなくちゃ 渡辺淳一×林真理子対談
文学賞が全部ほしい理由は

 古市 「草食系」だの、「さとり世代」だの言われる最近の若者だけど、欲望って昔と変わったと思う?

 朝井 確かに「不便で満ち足りない」って感覚が持ちづらいというのはある気がする。古市さんの著書で、20代の約80%は「現状の生活に満足している」って話があったよね。それってたとえば、おいしいフレンチが高くて食べられなくても、おいしい「フレンチ風リゾット」だったら、380円くらいでコンビニで買えるってことだと思う。欲望が100あるとして、そのうち75が解消されたから「まあいいや」って。

 古市 昨年の直木賞の贈呈式で渡辺淳一さんに、家の一つや二つはつくらないと作家じゃない、「欲望をぎらつかせないと」って言われたよね。どう思った?

 朝井 家はほしいです(笑)。僕は地方出身だからだと思うけど、実家といえば一軒家という感覚がある。ずっと東京のマンションで暮らすというのは想像がつかないし、いつか建てられたらいいな、と思います。ただ、その欲望を「ぎらつかせる」っていうのは、どうだろう。正直、よくわからない。上の世代の人だって、「欲望だけで突っ走ってる」わけじゃないですし。

 古市 うん。たとえば、林真理子さんの『野心のすすめ』。社会で「成り上がる」ためには欲望や野心こそが大事って説いている本と思われがちだけど、実は少し違う。やみくもな根性論ではなくて、自分の野心をコントロールしながら、戦略的な生き方を説く本なの。「格上」の人に会ったときに、どう振る舞うべきかとか、とても実践的。

 朝井 すごく堅実な指南書だよね。

 古市 一方で、欲望のかたちは、時代や地域によって変わると思う。若者の「車離れ」の傾向が指摘されているけれど、最近ではこれがいろんな国の大都市で見られる。ちょっと前ならIT企業と言えば、米国のシリコンバレーだった。でも、今はそうした企業も、車を使わないで移動しやすいサンフランシスコの中心近くに移っている。

 朝井 確かに「車がほしい」って言っても、移動手段としての車がほしいというのと、車好きの人が車種やデザインなどにこだわって「ほしい」って言うのでは意味が違う。欲望が違うのは、生きている世界が全然違うってことだよね。でもここの違いは、「世代」よりも、個人によるところが大きいのではないかな。

 古市 じゃあさ、朝井くんの欲望はなんなわけ?

 朝井 文学賞が全部ほしい。

 古市 え、なんで?

 朝井 デビュー作以降、自分が本を出版していい理由がよくわからないから。デビュー作は投稿作品の中から選んでいただいたっていう過程があるけど、2作目以降は何の選考も経ていない。でも、出版した後に賞をもらうと「ああ、この本はお金を払ってもらう価値があったかも」と少し安心できる。本を出し続けることが夢だから、裏付けが欲しくて。

 古市 出版社が「出す」って言ってるんだし、自分が出したければ、出せばいいと思うけど。なんでそんなに不安なわけ?

 朝井 え、古市さんは、不安じゃないの? 明日どうなるか、わかんないわけだし。いつまで書いていけるかもわからない。そんなことばっか考えるけど。

■誰も否定しないのがイマドキ

 古市 新著『スペードの3』は、主人公の社会人の女性が自分を変えなきゃいけないという欲望を持ち、ささやかな「革命」を起こして、自分を変えていく話だよね。自分にもそういう経験がある?

 朝井 ない。小説って自分に対して書いているんです。「こういう変化が起きろ、起きろ」って。むしろ、起きてないから小説で書いてる。

 古市 一生懸命努力して小説書いて直木賞取ってもそれはまだ「革命」じゃない?

 朝井 それって結局、自分が「変わった」って思えるかという主観の問題ですよね。もちろん、いろんな小説を書いて、年を重ねて後から振り返ったとき、直木賞を取ったことが「革命」だったなと思うことはあるかもしれないけど。

 ――欲望は適度に充足されて、自分の変化=革命、も主観次第となると、それこそ「悟り」という印象を受けます

 朝井 悟っているという感覚はないです。欲望がないというより、自分が何かを言うときに常にどう見られるか「先回り」しているから「欲望語り」をしないんです。

 古市 昔はかっこよかったかもしれない「欲望語り」が今はすぐに笑われて「ネタ」にされてしまう。

 朝井 生まれた時からネットがあって、中学生のときからクラス別のネット掲示板がある。どう言えば、どう書かれるかを、「先回り」して考えることに「耐性」がある。目立ち過ぎても目立たなすぎてもいけない。こういうと、若い人は「大変だ」「かわいそうだ」と思われがちですけど、そうじゃない。子どものころからそうだから、そういう能力はすでに搭載されているんです。四足歩行だった先祖に「今の子たちは二足歩行だから大変ね、足が2倍疲れる」と言われてもピンとこないですよね。その感覚かと。

 ――語らないというだけで、欲望が「ない」わけではないと。その欲望って、昔と違うと思いますか

 朝井 全員に「共通する欲望」がなくなったってことだと思う。たとえば、僕にとっての「ほしい」は他人にはわかんないってこと。渡辺さんや林さんの「若者は欲望をギラギラさせろ」っていうのも間違っているのではなくて、ぼくにとっては「よくわからない」というだけ。人それぞれだと思う。

 古市 今の朝井くんみたいに「そういう意見もあるよね」って誰も否定しないで多様性を尊重しちゃうのが、まさに「イマドキの若者」の議論って感じ。

■アイドルの我欲 かっこいい

 ――欲望を出すのが「嫌」という感覚がある?

 朝井 いや、そんなことない。かっこいいと思います。僕は我欲を出している人が大好きなんです。今度、アイドルを題材に小説を書くんですが、それは、女の子の「我欲」を見た感動体験があるから。小学5、6年時にテレビで元「モーニング娘。」の安倍なつみさんが、他のメンバーが歌をほめられているのを見て泣いていて。それって、自分のパートが減らされるかもっていう、本当に100%自分のための涙だったんです。

 男性アイドルが自分のために泣く姿ってあまり見たことなくて。仲間のためとかは聞いたことあるけれど。女性アイドルの場合はたまに我欲が垣間見えて、「あ、今のかっこいいな」って。

 古市 でも、自分は全然出さないよね。今日も結局、自分の欲望については語らない。

 朝井 あれ、さっきの賞の話聞いてた? でも安倍なつみになるには、ほど遠いな……。とりあえず今の欲望としては、新作がたくさん売れてほしいということです。自信作なので! ところで古市さんは、若者についての本を書いて、政府のクールジャパン推進会議の委員にもなるわけだけど、何がしたいの?

 古市 僕の子どものころの趣味って、図鑑をつくることだった。今も世界の仕組みを知っておきたいっていう気持ちがある。自分なりに調べたり考えたりしたことを整理してパッケージにすることで、僕なりの社会の図鑑を作りたい。それが欲望かな。(聞き手・構成 高久潤、守真弓)

     ◇

朝井リョウ「スペードの3」

 物語は、ミュージカル女優のファンクラブを取りまとめる社会人の女性の話から始まる。他人に優越感を覚えることができた活動に、小学生時代の同級生が加わり「変化」が生まれる。女性3人の人生が交錯し、新しい「何か」が動き出す。講談社刊。

古市憲寿「だから日本はズレている」

 国や企業の「偉い人」が真剣に考えて、巨額の予算と優秀な人材を投入しているはずなのに生まれてくるのは、なぜか「ズレた」ものばかり。クールジャパン、心のノート、ノマド憲法改正草案などを題材にズレの正体に迫る。4月17日発売予定。新潮新書

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 あさい・りょう 1989年、岐阜県生まれ。早大在学中の2009年に、『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。13年に『何者』で戦後最年少の直木賞受賞者になった。現在は、会社員をしながら、小説を書いている。

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 ふるいち・のりとし 1985年、東京生まれ。たまたま乗ることになった「ピースボート」での観察を元にした若者論『希望難民ご一行様』(2010年)でデビュー。その後も『絶望の国の幸福な若者たち』などを発表している。東京大大学院博士課程在学。