自分より高いレベルのことを考えるときの例えに「その山に登らなければ、次の山は見えない」という言い方がある。
一辺に「全体の景色」が見えることはなく、その人の力量や思考に合わせて、「徐々に景色が開けてくること」の例えだ。
確かに、武道でも芸術でも、あるいはビジネスでも「名人が一見簡単にこなしていること」というのは素人には判別できない、というのはよくある話だ。
達人たちの歩んできた険しい道を、別の専門家などに解説してもらいながら理解して、一般の自分たちは感動する。
対象が「その道の達人」であればまだいい。
自分がどの程度の思考のレベルにあり、
どんなことを価値あるものとして捉え、
だからどんな方向に生きていこうとしているのか。
仕事とか、家族とか友人とか。
趣味とかスキルとかリタイアメントとか。
周囲に影響された「眼」のままでは自分なりに考えるタイミングが失せてしまう。
今の仕事が忙しいとか、
今は収入がまず足りないとか、
業界とか会社内の競争が激しいとか、
家族がいろんな問題に直面しているとか。
そういう「大事なこと」を100%にしてしまうと、「他のことを考える」余裕が消失してしまう。
どこかで自分や周囲の状態を見渡し、「自らの環境を俯瞰する眼」が重要なのに違いない。
(つづく)
日本企業のROEはなぜ1桁なのか? 編集委員 小平龍四郎
2017/7/30 2:00企業がどれほど株主本位の経営をしているかを示す指標の一つに、自己資本利益率(ROE)があります。最近では経営目標の一つに挙げられることも増えました。しかし、日本経済新聞の集計では、日本の上場企業の平均ROEが年度ベースで10%を超えたことは一度もなく、10%台後半が珍しくない米国や欧州との差は開いたままです。1桁にはりついた日本企業の低ROEはもはや、グローバル資本市場の「コナンドラム」(謎)になりつつあります。
日本ガイシ特別顧問の柴田昌治氏は日本経済新聞に連載中の「私の履歴書」の1回分を費やしてROEを語っています。1994年の社長就任の直後から工場に出向き、白板に「リターン・オン・エクイティ」とマジックで書き出し「とにかくROEというのが世界共通の企業の成績表なんだ。うちは10%を目指すんだ」と訴えたそうです。(7月21日 第20回)
94年というとバブル経済の余韻も消え去り、経営効率の悪さという日本企業の構造的な問題が指摘され始めたころです。ROEの低さも日本的な経営の弱みの一つと批判されました。
日本の上場企業のROE推移をたどると、バブルの最盛時だった88年度は8.65%で、柴田氏がROE経営を打ち出した94年度は2.39%まで低下していました。こうした時代背景を考えると、ROE10%目標がいかに思い切って株主重視の姿勢を打ち出したものであるかが、よく分かります。
その後の日本企業は、山一証券などが経営破綻した日本版金融危機(97〜98年)や、リーマン・ショック(2008年)などを経て、全体として効率経営や株主重視の姿勢に傾きます。さらに、12年暮れに誕生した安倍晋三内閣が構造改革の一環として企業統治(コーポレートガバナンス)改革を打ち出したことから、ROEという言葉も一般に知られるようになりました。
■日本企業の行動パターンも映す
12年度の上場企業の平均ROEは5.33%で、それが直近の16年度には8.68%にまで高まったのですから、ガバナンス改革の成果はそれなりにあったとみることもできるでしょう。しかし、バブル崩壊後の最高だった05年度の9.54%には届いていませんし、米国企業のおよそ半分にとどまっています。
ROEという指標は事業の総合的な採算を表す「売上高純利益率」、資産の効率利用の度合いを測る「総資産回転率」、負債の多寡を示す「財務レバレッジ」の3要素に分解して考えるのが一般的です。この方式にのっとり、日本企業の低ROEの理由を探ってみましょう。
お気づきかもしれませんが、16年度のROE(8.68%)は88年度のバブル最盛時(8.65%)とほぼ同じ水準です。しかし、「売上高純利益率」「総資産回転率」「財務レバレッジ」の3要素に分解すると、実態はまったく異なります。昨年度がそれぞれ「4.37%、0.78回、2.55倍」だったのに対して、88年度は「1.88%、1.14回、4.02倍」となっています。バブル期に比べ直近の数値が上昇している、すなわち計算上はROEの押し上げにつながる項目は「利益率」だけで、「回転率」と「レバレッジ」は低下しています。
ここから、過去四半世紀余りの日本企業の行動パターンが浮かび上がります。まず、過剰債務の解消に向けて銀行などからの借り入れをひたすら返済してきた姿です。これがレバレッジ低下になって表れています。財務体質の改善は経営にとって決して悪いことではありませんが、過剰なダイエットが健康を害するたとえもあります。適度な借り入れによって負債と資本のバランスを調整することは、洗練された財務戦略の一つでもあります。良くも悪くも、日本企業の財務行動にはこの視点が欠けています。
■万が一への備え、賃金抑制の一因に
もう一つ気になるのは、総資産回転率の低下です。通常、この回転率が1倍を下回ると、企業が収益を生みにくい資産を持ちすぎていると解されます。日本企業はバブル期から持ち合い株式や遊休不動産の売却を進め、在庫管理の手法も磨いてきました。この点で企業のバランスシートはかなり筋肉質になっているはずです。
では何が無駄なのでしょう。企業によって事情はさまざまなのでしょうが、思い当たるのは過去最高水準に積み上がっている手元資金です。昨年度末は1年前から約3兆円増えて112兆円になりました。一般的に手元資金は平均月商の1倍強もあれば十分とされますが、112兆円という水準は2倍にも相当します。
企業の手元資金の積み上がりが顕著になったのは、12年度あたりからです。この理由を企業に聞くと、最も多いのは「不確実性への備え」です。リーマン・ショックに続き11年には東日本大震災も経験した日本企業は、先行きへの警戒心が非常に強く、万が一への備えとして現金を多めに持つ習性がついているのです。
最近では英国の欧州連合(EU)離脱や米国のトランプ大統領誕生など、国際情勢も不透明感を増しています。心配性の日本企業の現金選好はさらに強まるかもしれません。
借入金を返し、収益を生みにくい資産を抱えるなかでROEを高める方法は、売上高純利益率の上昇しかありません。デフレマインドが強く残り、財・サービスの値上げが通りにくい日本で企業が利益を上げるには、人件費などを抑えるのが手っ取り早い方法の一つです。ROE経営が賃金上昇を抑えている一因と批判する向きもありますが、見方によっては正しい部分を含んでいます。
従業員にも優しいROE経営の王道は値上げや、利益率の高いプレミアム製品・サービスを世に出して利益率を高めることです。しかし、それもなかなか難しいでしょうから、ROE10%達成の簡便法を考えてみましょう。
■財務改善、従業員に優しくない場合も
日本企業は05年度に9.54%というバブル崩壊後最高のROEを記録しました。利益率を現状に保ったまま、回転率とレバレッジを当時の水準に戻すことができれば、ROEは2桁となります。(4.37×0.92×2.83=11.38)具体的には、思い切った自社株買いによって資本を減らせば、回転率とレバレッジが上がります。バランスシートをほんの10年ちょっと前の姿に戻すだけで、他の条件が変わらなければ、人件費なども圧縮することなく、ROE10%は達成できます。
こうした考えを単なる数字合わせと見なし、財務テクニックを使っているだけと嫌う向きは少なくないようです。「ROEは操作できるので目標にしない」と公言している経営者もいます。しかし株主からROE改善をせっつかれ、利益率を改善させるため、思い切った賃上げをためらっている企業も少なくないのではないでしょうか。
安全第一と現金をため込み、財務体質の改善を金科玉条とする経営が、従業員に優しいとは限りません。
小平龍四郎(こだいら・りゅうしろう) 1988年日本経済新聞社入社。証券会社・市場、企業財務などを担当。2000〜04年欧州総局(ロンドン)で金融分野を取材。現在、編集局編集委員兼論説委員。