藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

科学の深淵。

食物を取り込み、それをエネルギーに換える仕組みは細胞にその秘密があるという。
APTという高エネルギー分子を作り、神経や組織に活力を与える仕組みは実に精緻で、また驚くほどシステマチックである。
それにしてもこうした医学の進歩とその精度は聞いていて、門外漢であってもため息が出るほどの深さ、広さを持っている。

観察できる対象が細かくなればなるほど、考慮せねばならない品位は、その密度に指数的に比例して広範囲になる、ということがリアルに感じられる。

医学も、化学も、つまり科学というのは"そういう"無限の性質を持っている。
だからこそ多くの研究者が、知的好奇心を持ち、さらなる深みに分け入って努力を続けるのだろう。
ニュートンの※1「我々は、海岸で貝殻を拾って遊ぶ子供のようなものである。真理の大海は、海の彼方にあるのかも知れないのに」という言葉を思い出す。

そしてこういうことを前にして思う。

経済とか、いわゆる「商売の世界」でも同じような目で臨むことができたらどうだろうかと。

よく成功者として報道されるビジネスマンたちは、あるいは、とうにそうした感覚で仕事をしているのかもしれないけれど。
自分などはやはり利益が出るか、とか継続性はあるか、とか付加価値はあるか?というようなことにばかり目が行ってしまう。
なかなか「今回のケースはこのように分けてみよう」という"目"にはなれないのであるが、科学のこうした話を聞いていると、ふとビジネスも同様のものなのではないか、という思いが頭を過(よぎ)るのである。
いつしかそんな境地が来るのかもしれない。

※1
I do not know what I may appear to the world,
but to myself I seem to have been only like a boy
playing on the sea-shore, and diverting myself in now and then
finding a smoother pebble or a prettier shell than ordinary,
whilst the great ocean of truth lay all undiscovered before me.
《出典》
Memoirs of the Life, Writings, and Discoveries of Sir Isaac Newton (1855)

太りやすい体、太りにくい体 差は「ミトコンドリア
働きもののカラダの仕組み 北村昌陽
2014/3/30 6:30
日本経済新聞 電子版
春になると天気のいい日には、思わず体を動かしたくなったりしませんか? 運動をすれば、体の中で「エネルギー」が消費されます。もともとは食べ物から摂取したものです。エネルギーを取り出して、消費する。この何気ないプロセスの背後に、実は壮大な体の構造が隠れていました。
仕事や運動を頑張って、そろそろお腹が空いたな、というとき「あ〜ガソリンが切れた」なんて言うことがあると思う。これは、人間の体を車に例えているわけだけれど、体のエネルギー収支を考えるとき、とてもわかりやすい表現だ。食べ物がガソリンで、筋肉や脳がエンジン。体を動かすにはガソリンのエネルギーを使う。ガソリンが消費されるとお腹が空く。

もっとも、実際にガソリンを燃焼させる車のエンジンと異なり、筋肉は炎を出して食べ物を燃やすわけにいかない。もっとマイルドにエネルギーを取り出すしくみが必要だ。

「そのしくみの主役が、ミトコンドリアです」と、今月のカラダガイド、東京都健康長寿医療センター研究所の田中雅嗣さんは話す。ミトコンドリア代謝や寿命の関係を研究する、この分野の第一人者だ。

■「電子」の流れで動くミクロのポンプ
ミトコンドリア」は、細胞の中にあるごくごく小さな袋だ。大きさがおよそ1マイクロメートルほど(1ミリメートルの1000分の1)。人間の細胞はだいたい数十マイクロメートル程度なので、細胞を高性能の顕微鏡で観察すると、その中に点々とシミのように見えるという。

「基本的にすべての細胞に、ミトコンドリアがあります」。平均すると細胞1個中に数百個ほどあるという。「エネルギーをたくさん使う細胞ほどミトコンドリアも多い。拍動を続ける心臓の筋肉細胞は、ミトコンドリアでびっしりですよ」

では、どんなやり方で、“マイルドにエネルギーを取り出す”のだろう。カギを握るのはミトコンドリアの「膜」だという。ミトコンドリアは、2層の薄い膜で包まれている。外側の膜は滑らかだが、内側の膜は複雑に入り組んだ形をしている。「内側の膜に、膜を貫通するように穴の開いたタンパク分子がたくさん埋まっています」。この穴あきタンパクは、水中に溶けたプロトンという小さなイオン粒子を通すことができる。

さて、胃腸で消化・吸収された栄養成分(炭水化物、脂肪など)は、やがて細胞に取り込まれる。そこで徐々に分解されながらミトコンドリアに入り、さらに分解されて、最終的に多数の「電子」を放出するという。

放出された電子は、前出の図1の赤矢印を通って流れる。するとこの穴あきタンパク分子は、ちょうどコンセントにつないだ電動ポンプのように「ウィーン」と動き始めるらしい。

動き出して何をするのか? 「2層の膜の間に、プロトンをくみ出すのです」。すると、この2層のすき間で、プロトン濃度が高くなる。一方、右端にある別のタンパク分子には、すき間→内側向きのプロトン流が生じる。この流れを利用して、ATPという高エネルギー分子が合成される。筋肉や神経など体の中の活動はすべて、このATP分子のエネルギーでまかなわれる。いわば、食べ物由来のエネルギーを体内利用向けに変換した「エネルギー通貨」だ。

「膜の面積が広いほど、ATPをたくさん作れます」。内膜がうねうねと波打っているのは、少しでも面積を稼ぐため。全身のミトコンドリア内膜総面積は、なんと東京ドーム数個分に及ぶ。こんな大規模な仕掛けが、細胞の中に隠れているのだ。

ところで、ミトコンドリアの起源は細菌だったと考えられている。太古の昔、何かの事情で我々の祖先の細胞内に寄生した細菌の仲間が、そのまま住み着いてしまったらしい。「運動で鍛えると、筋肉中のミトコンドリアが細菌のように分裂して数が増えるんですよ」(田中さん)

ミトコンドリアが多い体は、代謝が高くて太りにくく、健康的」と話す田中さん。最後に意外なことを教えてくれた。

「それに、ミトコンドリアが多い肉の方がおいしいのです」。お好みはカモの胸肉だそうだ。なるほど確かに、何だかみっしりつまっていそうです。

北村昌陽(きたむら・まさひ)
 生命科学ジャーナリスト。医療専門誌や健康情報誌の編集部に計17年在籍したのち独立。主に生命科学と医療・健康に関わる分野で取材・執筆活動を続けている。著書『カラダの声をきく健康学』(岩波書店)。
[日経ヘルス2009年11月号の記事を基に再構成]