藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

料理は孤独。


村上春樹の語る想像力についての話。
カキフライかどうかはともかく、料理が「孤高の創作である」というのは料理人からしばしば聞く心情だ。
素人の料理好きも「料理をする魅力」についてよく語る。

自分はからきしセンスがなく、リタイアしたら誰かに師事しようと思っているくらいだが、料理のだいご味というのは「創作という行為」の代表的なもののようである。

料理はひと時ではかなく費える芸術、という。

熱々のを食べるとおいしいですけど、世の中で1人でカキフライを食べることぐらいむなしいことはない(笑)。僕は「1人カキフライ」と名付けています。
 カキフライは揚げたてを食べるのはおいしいです。でも、寂しいです。おいしいけど寂しい。寂しいけどおいしいという、永遠に循環していくわけです。

カキフライを作る孤独と美味しいけれど食べる孤独。
そうすると孤高の料理人が作る孤独もあれば、その料理を一人でいただく孤独もあるのだ。
差しのみで、あるいは4-5人で賑やかにいただく宴もあるが、本当の料理は料理人と差しで味わう小説のようなものなのかもしれない。
だから一人飲みが多いのだろうか。

2015.11.29 20:44【文学の学校・詳報】村上春樹氏「文章を書く、孤独な作業は『1人カキフライ』によく似ている」、古川日出男氏「見事にカキフライの話をされてしまって…」福島県郡山市で開かれた文学イベント「ただようまなびや 文学の学校」=29日 東日本大震災後に福島県郡山市で始められた文学講座「ただようまなびや 文学の学校2015」で29日、最終プログラム「朗読とディスカッション」にサプライズゲストとして登場した作家の村上春樹さんは自作短編を朗読するとともに、ユーモアあふれる表現で小説における想像力などについて語った。大好物のカキフライを揚げることと執筆活動は、どちらも「孤独な作業」という点で似た行為なのだという。文学の学校校長で作家の古川日出男さんや、司会を務めた翻訳家の柴田元幸さん、アメリカの小説家のレアード・ハントさんらとともに登壇した村上さんは「想像力は、外部から与えられるものではなく、自分の中から出てくるもの」など、参加者約160人の前で、作品が生み出される背景について持論を展開した。
 登壇者らの主な発言は次の通り(敬称略)。
     ◇
 【村上春樹
 想像力について話せということですが、きょうは代わりに、カキフライのことを話します。僕は、カキフライが大好きです。
 でも、うちで食べることってまずないんです。うちの奥さんが揚げ物が一切イヤなので、出してくれないんです。結婚して45年になりますが、結婚したあとで、揚げものが苦手だということが判明したんです。つらいです…。
 だから僕は、自分で作るんです。例えば奥さんが出かけたときは、鍋に油をそそいで、台所で1人で、カキフライを揚げます。
 熱々のを食べるとおいしいですけど、世の中で1人でカキフライを食べることぐらいむなしいことはない(笑)。僕は「1人カキフライ」と名付けています。
 カキフライは揚げたてを食べるのはおいしいです。でも、寂しいです。おいしいけど寂しい。寂しいけどおいしいという、永遠に循環していくわけです。
 で、僕は小説を書くときは、だいたい朝4時から5時に起きて、コーヒーをいれて、コンピューターのスイッチを入れて、それから文章を書き始めます。自分の中にある言葉を一つ一つすくいだして、文章にしていくわけです。
 これは孤独な作業です。「1人カキフライ」にすごくよく似てるわけです。小説は、誰に頼まれて書くわけではない。自分が書きたいから書くんです。カキフライだって、自分が食べたいから、誰に頼まれることもなく、自分で揚げるんです。
 ですから、小説を書いているときは、自分の小説を書いているんだとは思わないようにしています。それよりは「今僕は、台所でカキフライを揚げているんだ」と考えるようにしています。そうすると、わりと肩の力がすっと、抜けるんです。
 自分の小説を書いているんだと思うと、言葉が思い付かない。でも、僕はカキフライを揚げていると思うと、肩の力が抜けて想像力が出てくるんです。
 皆さんももし小説をお書きになるようなことがあれば、カキフライのことを思い出してください。そうすると、すらすら書けます。書けなくても、カキのせいではないので、すいません(笑)。
 【レアード・ハント
 本がこの世界にどういう役割を務めるのか。カフカの言葉ですが、本というのは、私たちの中にある氷った海を、その海の氷を割るものであると。私の想像力の働きというのは、常に本というものに、密接に関わっています。書物よ永遠なれ。
 【古川日出男
 学校って、想像力というよりも、規範に従う人間を育てるところじゃないですか。◯×があって、◯を採点される人間がえらい。想像力は規範からはみ出ているもの。規範からはみ出ると、人と違うんじゃないかと、思ってしまう。
 もしかしたら、村上さんはそういうお話をされるんじゃないかと思ってましたが、見事にカキフライの話をされてしまって(笑)。その発想が素晴らしいなと。想像力がないと、いけないなと思いました。
 【柴田元幸
 想像力っていうのは、要するに知らないうちに型にはめられた枠の中でいろいろ考える営みっていうこと?
 【古川】
 想像力は要するに、先入観、ステレオタイプをこわしてくれるもの。
 【柴田】
 本を通して、あるいはこういう場所が、ステレオタイプを超えた能力を起動させてくれるという…。
 【村上】
 子供というのは、想像力は活発ですよね。でも、みんな子供のときの想像力を多かれ、少なかれ、失っていく。というのは、それ以降持っていると、いろいろなことができない。想像力ばかりでいるから。だからなるべく、自然に封印していくと思う。
 でも、大人になって、もう一度(想像力が詰まった自分の中の)「屋根裏」にアクセスすることは可能なんです。例えば、小説家っていうのは、大人として「屋根裏」にアクセスすることなんです。
 大人は、正確な認識と、常識と方向感覚を常に持っているから、それ(想像力)をコントロールできるんです。
 想像力から物語を立ち上げることはできる。
 学校で、先生が教えられるかというと、それはもう、先生次第。いい先生と巡り会えれば、「屋根裏」にアクセスする方法を見つけることはできる。
 想像力は身につけるものではなく、自分の中にあるものを掘り起こすことなんです。
 【村上】
 (アイルランド出身の小説家)ジェイムズ・ジョイスは、「想像力とは、記憶のことである」と言っています。想像力とは何かに誘発されたものではなく、ストックされたものからわき起こってくるものなんです。
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