藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

今を機会に

*[次の世代に]客観的に把握する。

いよいよ新年度。

それにしても自分の過去30年でも、バブル崩壊とか、ITバブルとか、サブプライム&リーマンショックとか、アメリカのテロとか東日本の震災とか、社会人になった自分が知るだけでも大きな出来事がいくつもあった。

終戦とかを過ごした人たちの気持ちはどんなだろうか。

そして思う。

 

「それ」をただ嘆き、恨んで過ごすのか。

「それ」を受け入れて今後を考えるのか。

「それ」を自らへの試練と解釈して「何らかの成長」を志向するのか。

 

思えば生きていることは、大なり小なり、自分たちにとってはストレスの連続だ。

おそらく身分の高低や貧富にかかわらず、悩みは常にあり、それらと「共生」しながら生きるほかない。

ということは、逆に「常に成長の機会あり」という風に捉えることもできるだろう。

 

"我、常に成長の機会あり"とかいうと三国志のセリフみたいだが、案外そう思うと辛いことにも勇気が湧いてくる。

不思議なものだが、自分たちは精神で生きている。

それが理解できればどんな事態も乗り切れるに違いない。