藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

一つの中央銀行

*[ウェブ進化論]ゲームと切り離す。
コロナ禍で先進国と途上国の医療格差とかについて考えるにつれ、どうしてもお金のことから考えが離れられなくなる。
世界中で、いわゆる貧困層の人から犠牲になっているところが理不尽というか不条理を感じて仕方ない。
何十、何百億を稼ぐ人がいる一方で、その日が暮らせない人もいる格差の源はやはり「稼ぎ」の取り合いである。
ここでお金そのものの流通量が一定でなく、また基軸通貨や為替レートなんかがあるから話がややこしい。
いっそ発行体を一つにしてはどうだろうか?
「膨らんだ投資マネー」と「実体に沿ったマネー」に分けないと結局事態は収束しないのではないかと思う。
 
投機の世界が好きな人はそっちでやって貰えば良い。先物とか証券化とかレバレッジとかいう技術は実物の世界ではやめてもらい、先物とかは事業者だけが適量だけ実施するように規制する。今のように種類の異なるお金が混ざり合っていては永遠に富の争いは投機マネーに翻弄され続けるだろう。
 
突飛な発想だが、最近よく聞く「社会資本主義」などはそんな姿ではないだろうか。