藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

さよならポスト

*[次の世代に]ニューリーダーへ向けて。

国会報道などを見ていて「ポスト二階」とか「ポスト菅」「ポスト自民総裁」などという表現が急速に古臭く感じるのは自分だけだろうか。

そういえば海外ドラマでも「この見返りには部長のポストを用意しよう」とかいうシーンはよく見かける。

みんなポストが魅力だったのだ。

最近の若い人たちは、昇進とか出世を指向しないと聞く。

彼たちは偉くなることが嫌なのだろうか。

いや多分違う。

今偉い人たちみたいには「なりたくない」のだ。 

今の国会を見て政治家や官僚になろうと思う人はどれだけいるだろうか。

優秀な官僚が足を引っ張られて失脚する様を見て、国のために働く覚悟を保てるだろうか。

既存のしくみの中に作られた「ポスト」に就いて、その立場であれこれ「采配(武将が振り回す長い指揮棒のことらしい)」して人生を過ごす。

そんな仕組みそのものが「共生とか共創」と言われる時代に合っていない。

リーダーの役割そのものが変わっているのだと思う。

普段は「上から命令」して、何かあったら部下を切ったり、最後は自分で詰め腹を切る。

国会を見ていると、そんな古い時代のリーダー像の崩壊が見えるようだ。

もうポストの時代ではなく。

 

新しい時代のリーダー像が必要だ。