藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

潮の変わり目。


モナコグランプリの開催で有名なモンテカルロで主宰されたショーの名は「トップマーク」。
色々な嗜好品の、トップレベルの高級品を展示しているという。
自動車の部では、一台数千万円〜数億円のカスタムメイドの作品がずらっと並ぶ。
展示ブースでは、気に入った車をあの「モナコグランプリ」のコースで試乗もできるという。
その道の愛好者には天国のようなイベントだが、またここに時代の大きな流れを感じてしまった。

物的繁栄の終焉。

自分たち昭和世代にとって、終戦後の工業製品の発達こそが「国力の証」であり、また宇宙船や船ではなく、「自動車」こそがその象徴的な製品だった。
アメリカも同様(というかそれに追随したのが日本か)、三大メーカによる自動車の普及は「その時代の象徴」だったのである。


折からの環境保護ブームの潮流の中、日本では先月大震災が起きた。
はっきりと潮目が変わってゆく感じがする。
このモナコの高級モーターショーは、まさにそんな「前時代の象徴」に見えるのである。


"それまで"は、工業製品の王者ともいえた自動車のデザインは、常に時代の先端を行っていた。
世界中の主要都市で開催されるモーターショウでは、常に新しいデザインの量産車やコンセプトカーが発表され、一般観覧者のため息混じりの感嘆を誘っていたのである。


つまり、それほど自動車のデザインは、西洋文明の象徴的であり、憧れでもあり、これからの価値観をも映し出していたのだと思う。
自動車評論家、とかモータージャーナリスト、カーデザイナー、など「それ専門」の専従者も多く輩出してきた。

それが、そろそろ終わりつつあるのではないか。

今回のモナコのショーは、そんな「自動車の時代」の墓標にも見えてくる。
古き良き、「モータリゼーション」が象徴してきたこれまでの先進国の、価値観の変曲点を示すイベント。
もう大きさや、馬力や、華美なデザインを「高級」とする価値観は音を立てて崩れ、一気に「これまでのそれら」を突き崩す方向に向かうのではないだろうか。


大排気量、高性能こそが「いいことなのだ」という常識の中にいたからこそ、その価値観の節目にあたり、本当の価値とは何か、ということを普遍的に考えてみたいと思う。
間違いなく、今がそんな潮目なのだろうと思う。

フェラーリカローラに見えるショー「トップマーク」なるショーがあることを知った。自動車、腕時計、ボート各ジャンルの高級品に特化したショーという。

自動車の部には、「世界で唯一のライブ・スーパーカーショー」というサブタイトルが付いている。

なんなんだ、このイベントは? 思わず呟いてしまった。

開催地はモナコ公国モンテカルロである。日頃雑然としたイタリアで、怠惰生活を送っている筆者である。彼の地はあまりにも整然としていて、皆礼儀正しくて、いつも戸惑ってしまう。

止めを刺すように、開催要項には「名誉顧問 アルベール2世大公」の文字も躍っていた。

なんなんだ、このイベントは? ふたたび呟いてしまった。

とりあえず身を清めようと行きつけのコイン洗車場に行き、普段より1ユーロ高いコースでクルマを磨く。そしてイタリア中部の我が家から480kmのモナコに向かってステアリングを切った。

■お子様まで上品

モンテカルロにたどり着き、F1モナコ・グランプリのときスターティング・グリッドになる街路を走る。

ふとドアミラーを見たら、ロールス・ロイスランボルギーニが映っていた。ここはいつも街からしてモーターショー状態だ。

会場のメッセ会場「グリマルディ・フォーラム」に入る。

冒頭の3品のうち自動車は主役で、もっとも広いスペースが割かれていた。

自動車関係の出展は、関連グッズも含めて約50ブランドだ。2階に登れば全出展者が見渡せるコンパクトなスケールである。

ときおりビーチサイドに豪快なエグゾースト・ノートが響き渡り、やがて遠ざかってゆく。何かと思えば、屋外展示場では、出展車の一部がすぐに試乗・もしくは同乗試乗できるようになっていた。「ライブ」の意味がわかった。

F1とほぼ同じコースでクルマを試せるとは。さらに海岸沿いの一部は、試乗のために一般車通行止めにしてあった。大公が名誉顧問を務めているだけのことはある。恐れ入った。こんなモーターショーは見たことがない。

偶然にも、ボクのイタリアの知人も出展していた。彼によれば、出展料は1平米で900ユーロ(約10万8千円)だそうだ。

モーターショーといえばコンパニオンだが、彼女たちの姿はほとんどない。いても、よくいる妖艶系というより上品系である。

親と一緒に来ている子供たちも、心なしか品がいい。身なりもいい。それどころか、ボクが仕事に使っているのとほぼ同等の一眼レフカメラを首から提げている子供までいるではないか。

なんなんだ、このイベントは? もう1回悔しまぎれに呟いてしまった。

ちなみに一般入場料は50ユーロ(約6千円)だが、来場者のなかには、明らかに出展者によるインヴィテーションと思われるポテンシャル・カスタマーの家族も多かった。

■顧客は中東、ロシア、中国

それはともかく、会場に展示された大半の車両は、年間数百台から、ものによってはたった数台という少量生産ファクトリーのものだ。ボクが初めて知ったブランドも少なくなかった。

フォトギャラリーでも、そうした日頃日本で馴染みのないスーパースポーツやSUVを中心に紹介する。

そうしたスタンドで話を聞いてみて共通しているのは、彼らの主要顧客は、中東、ロシア、さらに中国の富裕層であることだ。

イギリスを本拠とする「ケーティング・スーパーカーズ」のセールス・マネジャー、ポール・ブライティング氏は「とくに中東やロシアのお客様は、真剣な方が多いですね」と証言する。実際ボクが彼らのスタンドを訪ねた直前にも、あるロシア人客が訪れ、シート素材の選択について、かなり突っ込んだリクエストをしていたという。手付金を即座に払う顧客も少なくないらしい。

いっぽうで、別のファクトリーのオーナーは、「中東のビジネス習慣は難しい」と、一筋縄ではいかないことを明かした。

そうした富裕層の趣向を反映しているのだろう、どのモデルもかなり大胆な造形だ。おかげで、一緒にスタンドを展開しているフェラーリトヨタ・カローラの如く、いや今風にいえばフィットのように普通に見えてしまうから怖い。

世界の5大モーターショーばかり見ていては知ることのできない世界が、そこにあった。クルマの世界は奥深い。

■ゴージャスなショーで出会った、ほのぼの

そうしたなか、「アイルトンR」と名づけられたモデルが、会場の壁際に展示されていた。

想像のごとく、アイルトン・セナへのオマージュという。

デザインを手がけたアンドレア・ティリートさん(34歳)は、イタリア・トリノの人だった。

ボディデザインにはCAD(コンピュータ支援設計)を駆使しながら、ダッシュボードには知人のアーティストによる手描き文字を敢えて採用した。

彼のクルマの顧客も、やはりアラブ、ロシア、ウクライナ、そしてモナコという。すでに7台を売った。

そうしたお客さんたちは、先にどういうクルマをガレージに収めている人たちなのだろうか?

アンドレアさんによると、端的にいえば「パガーニを持っている人です」なのだそうだ。パガーニとはモデナの有名な少量生産メーカーである。そうした顧客からすれば、フェラーリは万人向けの量産車なのだ。

話していると、老夫妻が握手を求めてきた。アンドレアさんの両親だった。

父のフランチェスコさんは70歳。14歳で自動車板金工の道に入ったという。

フランチェスコさんは息子のアンドレアさんの横に立ち、「こいつは子供の頃、自分で乗るカート造りから板金の世界に入ったんですよ」と嬉しそうに語った。

父親が14歳から叩き続けたハンマーは、今ロシアの地でも花開こうとしている。

恐れおののいたゴージャスなショーだが、こんなほのぼのとした家族もいた。

おっと、時間がたつのを忘れていた。ここはモナコ。それもショーがショーである。ほぼ朝から夕方までクルマを停めてしまって、いったい駐車料金がいくらになっているのか。背筋が寒くなった。

駐車券の裏面を見ても、日本のように「3千円以上お買い上げの場合、2時間無料」などといった甘い言葉は見つからない。

びくびくしながら精算機に駐車券を挿入する。
ところが料金はたった3ユーロ(約360円)だった。管理スタッフに聞けば、「今週末はテニス大会が開催されているので、格安均一料金なんです」と教えてくれた。

一般的にイベント期間というと高く設定するところを、逆に安くしてしまうモナコの太っ腹ぶりに感謝した。
同時に「来年もテニス大会と同時期にこのショーが開催されますように」と柳の下のドジョウを願う、どこまでも小市民のボクなのであった。