債務超過の日本経済が、まもなく停滞し、円は暴落する。
そんな予想がどんどん後退している。
新興国が消去法的に円を買う、などの行動をしていることも原因のようだが、為替と通貨の問題は、現代のどのようなアナリストやシンクタンクを以てしても予想しにくいようである。
日本は震災の影響で、直接経済にダメージを受けているが、それもリアル世界の話。
一方EUや米国では、相変わらずレバレッジの効いた「金融経済の爪痕」が痛々しい。
日本の金融機関が、良くも悪くも「それほど」極端な金融ゲームに参加していなかったことが、今の意外な円の強さに結びついているようでもある。
各国通貨とか、大陸ごとの経済の動き、というのはいつも「大方の予想」に反して動くものだけれど、各国の通貨が"実体の経済"を本当に映すものだ、という認識で、今の日米欧中、そして東欧や南米、アジアの新興国を改めてみてみる必要があるのではないだろうか。
日本は、今は「そんなに弱くない」だろうし、でも将来は「そんなに強くもない」と思う。
我が国のかじ取りは、そんな意味でもとても重要であると思う。
「日本売り」なぜ起きない 円安阻むからくりに迫る
日本経済は停滞し、円売りが起きる……。震災後に言われたシナリオとは裏腹に、円は強含む。不可思議な相場展開の裏には何があるのか。企業や投資家の需給をヒントに探ってみよう。
■経常収支は大幅黒字、巨額の外貨資産が恩恵
「いったいいつ、日本売りは起きるのか?」
4月にオーストラリアやアジアを訪れたJPモルガン・チェース銀行の佐々木融・債券為替調査部長は、行く先々で、ヘッジファンドや機関投資家にこう聞かれた。東日本大震災の復旧・復興に向け、日本は国債の増発が不可避。海外勢は「円売りのタイミングを虎視眈々(たんたん)と狙っている」という印象を受けたという。
円相場は、震災直後に一時、過去最高値の1ドル=76円台まで上昇したあと、主要7カ国(G7)による協調介入を受け1ドル=85円台まで下落。日本売りが始まったのでは、との声も出たが、その後は79〜81円前後で円はむしろ強含んでいる。日本国債も買いの方が優勢で、10年債利回りは5月6日に1.140%と、約4カ月ぶりの水準に低下(価格は上昇)した。
円安派が当初、材料視していたのは、日本の貿易収支。大震災は、「生産の停滞→輸出の縮小→円買い・外貨売りの減少→円安」という流れを呼び込むとみていた。実際、貿易収支は悪化している。財務省が4月20日に発表した3月の貿易統計によると、輸出が減る一方、資源高によって輸入が増え、黒字額は1965億円と、前年同月比79%も減った。
震災の影響が最も深刻だったとみられる4月、輸出額は「すごい落ち込みになる」(日本貿易会の槍田松瑩会長)見通し。民間調査機関7社のうち5社は貿易収支は7〜9月期に赤字に転落し、10〜12月期まで赤字が続くと予測する。みずほコーポレート銀行の唐鎌大輔マーケット・エコノミストは、「年半ばから後半にかけて、輸出企業の円買いは勢いを弱める」とみる。
しかし、為替の需給により大きな影響を及ぼす「経常収支」でみると、違う風景が見えてくる(グラフA)。2月の経常収支は、約1兆2000億円の黒字となっている。貿易収支ほど速報性がないため、3月のデータは未公表だが、大幅な黒字を維持するのが確実視されている。
これは、「所得収支」の恩恵だ。所得収支とは、貿易収支と並び、経常収支を構成する重要な勘定の一つ。日本の機関投資家や個人投資家が、海外に保有する金融資産から得られる利子・配当金をネットで表したデータだ。所得収支はここ数年、毎月1兆円前後(輸出額の2割近くに相当)の黒字と、高水準で推移している。
投資家は、外貨で受け取った利子や配当金を円転することが多く、円買いにつながりやすい。貿易収支が悪化したとしても、所得収支のプラスが補い、経常収支の黒字が続く構図はすぐには崩れそうもない。
日本が対外的な債権大国であることは、経常収支の累積ともいえる「対外純資産」をみても、鮮明だ(グラフB)。政府・企業・個人のネットの対外投資残高は、2009年末時点で前年比18%増の266兆円強と、19年連続で世界第1位の座を維持している。10年末は未発表だが、経常黒字(17兆円)分が、積み増しとなる見込みだ。2位の中国(09年末時点で167兆円)が日本を猛追しているが、日本はまだ2位以下を大きく引き離している。
もう一つ、円安派が描いていたのは、「一段の財政悪化→日本売り→円安」というシナリオだ。経済協力開発機構(OECD)が4月21日に発表した対日審査報告書によると、日本の公的債務残高は2011年に国内総生産(GDP)比で200%を突破(グラフC)。12年には210%と「先例のない規模まで達する見通し」(グリア事務総長)。財政危機にあるギリシャの142%(12年)に比べても深刻。にもかかわらず、このシナリオも必ずしも円売りにつながっていない。
その要因は、外国人による日本国債の保有比率が6%と低いことにあるとされる(グラフD)。同比率はギリシャで77%、ポルトガルで80%、アイルランドで81%と高い。国内の金融機関や個人が国債を抱えているため、仮に日本国債が売られても、直接的な為替需給への影響は限られる。
■新興国が円の買い手に ドル買い介入のリスク分散
意外な円の買い手といえるのが、新興各国の政府や中央銀行だ。各国は、自国通貨高を抑えるためにドル買いの為替介入を実施。結果的にドル資産が膨らんだため、リスクを他通貨に分散させる必要が出てきた。財政問題を抱えるユーロや経済不振の英ポンドを避け、消去法的に円が選ばれてきた。
たとえば中国の外貨準備高は、3月末に前年より24%増え、初めて3兆ドルを突破した。ブラジルでも2月上旬に初めて3000億ドル台に乗せた。世界全体では2010年末に9兆2581億ドルと前年比13%増、10年前の4.5倍の水準に拡大している。米国の量的金融緩和で膨らんだドルが新興国に向かい、各国がドル買い介入で対抗した結果でもある。
各国がドルを円に替えた結果、世界の外準に占める円の比率は10年末で3.8%と、前年の2.9%から一気に上昇。5年9カ月ぶりの高水準となっている(グラフE)。1999年に単一通貨ユーロが導入されて以降、各国はユーロを組み入れる代わりに円の比率を引き下げてきたが、ここへきてその反動が表れているともいえる。
こうした流れは、震災後も大きく変わっていないという。仮に円の比率が00年末時点の6%まで回復するとすれば、あと「20兆円程度の円買いが必要」(JPモルガン)という。
日本は名目金利が低いものの、デフレ傾向が続くため、物価動向を考慮した実質金利をみると、決して低いとはいえない。この点も、構造的な円の強材料となっている。
しかし為替相場はときに、出入りが激しい投資マネーの動向によって流れが一変することがある。何かのきっかけで海外の投資家が日本株を買わなくなったり、日本人が円資産に見切りをつけて外貨投資を膨らませたりすれば、円安方向に大きく振れる可能性もありそうだ。(横山雄太郎)
[日経ヴェリタス2011年5月8日付]