藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

ネット上の怪物。

ネット上でも、ついに「自由と統制」という存在がリアルに対決をし始めているのかもしれない。

1つは、ロビイングの質的な変化である。伝統的なロビイングは産業(供給側)、消費者団体(需要側)が個別の利害を追求するものであった。それに対し、今回の一斉蜂起はネット企業(供給側)とユーザー(需要側)が団結して行動するという、ロビイングの概念からは希有なものだったのである。実際、そうした事実を踏まえ、今回の一斉蜂起は「ロビイング2.0」と言えるという評価さえも出始めている。


もう1つは、ネットの影響力もさることながら、ネットを使いこなす若い世代のポテンシャルである。Pew Research Centerの集計によると、一斉蜂起があった翌々日から4日間の米国のネット上では、30歳以下の米国人の若者の間でもっともフォローされたニュースのトピックはSOPA法案とPIPA法案であった。

つまり、ネットは誰からの物であれ、「その制約」からは徹底的に反対されるような存在なのである。

しかし、SOPA法案、PIPA法案の騒ぎ以降の議論や動きからは、“ネット上の自由”が資本主義を否定するものとなりつつあるように感じられるからである。コンテンツの制作者は著作権を主張し、複製などの対価を得ることで収入を得ているのに、今や米国でも欧州でもそうした資本主義で当たり前の行動よりも“ネット上の自由”が優先するかのようになっているからである。

著者は「コンテンツ製作者」にとって冬の時代の到来ではないか?と嘆くが、そうとばかりも思えない。
ネット上の自由、を標榜する人たちは、「一度徹底的な自由」を享受して、それから改めて「自分たちの権利を考える」というプロテンタンティズムが根っこにあるような気がするのである。

逆に、ネットの上での「コンテンツの自由」については、既存の幅で議論する以上のことを、製作者たちは覚悟しているのではないだろうか。
ネットとコンテンツという相反する財産を、自分たちはこれから「同じ籠の中」で育てていかねばならない。
二十一世紀はその過渡期だと思うが、きっと「次世代のコンテンツ権利」について、前向きな方向性が出るという風に思いたい。

またそうすることが自分たちの時代の責務であると思うのである。


SOPA法案騒動が生み出した「ネット上の自由」という怪物
2012/2/12 7:00 ニュースソース 日本経済新聞 電子版  Stop Online Piracy Act(SOPA法案)とProtect IP Act(PIPA法案)を巡る騒動は、米国議会における法案審議の無期延期という形で決着したが、そこに至る過程でのネット企業とネット・ユーザーの一斉蜂起は、米国と欧州で“ネット上の自由”というとてつもない怪物を産み出してしまったのではないだろうか。


■「ロビイング2.0」と「ネット上の自由」
米国では、今回の騒動を仕掛けたネット業界自身がネット上での一斉蜂起の成功に驚いているようにも見える。


米国ではどの産業もワシントンでのロビイング(政治への根回し)に多額の資金を使っている。それはネット業界も例外ではない。米国の政治資金を調査・監視する非営利団体Center for Responsive Politicsによると、コンピューター/ネット産業全体で2011年に1億2500万ドルをロビイングに使っている。この金額はハリウッドの1億2200万ドルを上回っており、ネット業界も実は伝統的な手法で政治に働きかけてきたことが分かる。


しかし、多くの関係者や識者が、こうしたロビイングのみでは法案審議の無期延期という結果は勝ち取れなかったであろうと認めている。ネット上での一斉蜂起という行動には伝統的なロビイングを遥かに凌ぐインパクトがあったのである。それは何故か。その理由としては2つの点を指摘できよう。

Center for Responsive Politicsによれば、ネット業界は2011年、ハリウッドを上回る金額をロビイングに使った
1つは、ロビイングの質的な変化である。伝統的なロビイングは産業(供給側)、消費者団体(需要側)が個別の利害を追求するものであった。それに対し、今回の一斉蜂起はネット企業(供給側)とユーザー(需要側)が団結して行動するという、ロビイングの概念からは希有なものだったのである。実際、そうした事実を踏まえ、今回の一斉蜂起は「ロビイング2.0」と言えるという評価さえも出始めている。


もう1つは、ネットの影響力もさることながら、ネットを使いこなす若い世代のポテンシャルである。Pew Research Centerの集計によると、一斉蜂起があった翌々日から4日間の米国のネット上では、30歳以下の米国人の若者の間でもっともフォローされたニュースのトピックはSOPA法案とPIPA法案であった。


大統領選の共和党予備選などもっと重要なニュースがいくらでもある中でのこの結果は、ネット上での情報流通やネット・ユーザーの関心がかなり偏っていることを示している。個人的にはそれ自体由々しき問題と思うが、それは裏を返して言えば、ネットが当たり前の若い世代にとっては、「ネット上の自由」(digital freedom)や「ネット上の権利」(digital rights)が最大の関心事となっていることを示しているのかもしれない。


即ち、SOPA法案とPIPA法案を巡る騒動を総括すると、「ロビイング2.0」とも言えるロビイングの進化と、政治アジェンダにおける「ネット上の自由」の重要性の高まりという2点に集約できるのかもしれない。ネットの影響力が高まったがゆえに、そのネットの自由を制約するものは誰が相手でも容赦しないというネット側の意思表示である。



■欧州への波及
ところで、両法案を巡る米国のネット上での一斉蜂起の影響が、欧州にまで波及し出していることをご存じだろうか。欧州では一部の活動家たちが、同様の圧力をかけて「模倣品・海賊版拡散防止条約」(ACTA:Anti-Counterfeiting Trade Agreement)の批准を潰そうとしているのである。


この条約は、知的財産権を侵害する取引(偽造ブランドバッグや違法コピーした映画などの売買)を取り締まるものであり、昨年(2011年)10月に米国や日本など7カ国の間で合意・署名された。今年(2012年)1月になって、それにEUEU加盟27カ国中22カ国も参加を表明して署名したのである。


これに対し、この条約に反対する活動家が圧力を強めた結果、EU本体のみならずスロヴェニアポーランドなどで、最初は署名に賛成したのに、署名は間違いであったと表明する政治家が続出し始めている。


その理由として、法案の中身の検討や手続きが透明性を欠いていたという点が挙げられているが、反対派のデモやネット上での反対運動を受けて態度を変えた面もあるのではないだろうか。実際、EU政府にACTA不参加を求めるネット上の請願には既に150万もの署名が集まっているようであり、反対派が狙っているように、SOPA法案、PIPA法案のときと同じ展開になりつつあるように感じられる。


しかし、ここで気になるのは欧州の活動家がACTAに反対する理由である。ACTAが批准されたら“ネット上の自由”が失われ、イノベーションが損なわれると主張しているのである。これは、SOPA法案、PIPA法案に反対して米国のネット企業が主張し、ネット・ユーザーが賛同した理由と同じである。


■ネット至上主義の始まり?
このようにSOPA法案、PIPA法案を巡る騒ぎの後の米国と欧州での動きをフォローしていると、非常に不安な気持ちになる。

1年前の「中東の春」「チュニジア革命」のときに喧伝された“ネット上の自由”とは、民主主義を世界中に貫徹しようという米国政府の思惑を実現するためのものであった。即ち、そうした動機は他国の主権を侵害しているのではという問題があるものの、少なくともその段階では“ネット上の自由”は政治的なものであった。


しかし、SOPA法案、PIPA法案の騒ぎ以降の議論や動きからは、“ネット上の自由”が資本主義を否定するものとなりつつあるように感じられるからである。コンテンツの制作者は著作権を主張し、複製などの対価を得ることで収入を得ているのに、今や米国でも欧州でもそうした資本主義で当たり前の行動よりも“ネット上の自由”が優先するかのようになっているからである。


もちろん、それが著作権ビジネスという古いパラダイムに代わってコンテンツ制作者に新たな収入をもたらす社会システムを目指す動き、即ち既存の資本主義を進化させる動きにつながるものであれば、前向きに評価すべきである。


しかし、米国でSOPA法案とPIPA法案に反対したネット企業の言動、欧州でのACTAに反対する勢力の言動、更にはそれらにナイーブに賛成するネット・ユーザーの若者たちを見ていると、それらの人たちは資本主義の進化どころか、“ネット上の自由”がすべてに優先するという“ネット至上主義”を目指しているとしか思えない。


そう考えると、コンテンツ制作者にとっては本当に報われない時代がいよいよ始まってしまったのかもしれない。そしてそれは、各国での文化の衰退をもたらすことを忘れてはならない。

岸博幸(きし・ひろゆき
 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、エイベックス・マーケティング取締役。1962年生まれ。一橋大学経済卒、コロンビア大学ビジネススクール卒業(MBA)。1986年通商産業省(現・経済産業省)入省。資源エネルギー庁内閣官房IT担当室などを経て、当時の竹中平蔵大臣の秘書官に就任。不良債権処理、郵政民営化など構造改革に携わる。1998〜2000年に坂本龍一氏らとともに設立したメディアアーティスト協会の事務局長を兼職するなど音楽、アニメ等のコンテンツビジネスのプロデュースにも関与。2004年から慶應大学助教授を兼任、2008年から現職。