藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

経験と素直。


「素直力」という言葉はないけれど、素直になれるかどうかというのはある種のキーワードなのだろう、ずい分と反響があった。
松下幸之助翁(何でこの人だけ翁がつくのか。偉大だ。)も素直になる力、なる色紙を残しておられるようで、ちょっと心にとどめ置きたいワードである。

色々コメントをもらって改めて考えてみた。
素直になるには何がキモなんだろう?

自分はそれは"好奇心"なのじゃないか、と漠然と思っていたのだがちょっと違う。
好奇心は「発露」である。
動機だ。
そもそものスタートでこれがないとそもそも何も動き出さない。
けれど好奇心があっても「閉じた心」つまり"自我"とか"見栄"とかがあると邪魔をする。
負けず嫌いの心も発奮材料にはいいけれど、発奮しつつなお低姿勢であることが必要だ。

そして。
未知の分野ではこれらは比較的心得やすいのだが、こと自分の経験のある分野では途端に我を忘れることに年寄りは注意しなければならない。

学生さんの進路相談などで、もう質問を聞いたとたんに「ああ君、それはね…」と正解であろうことを捲し立てるのは社会人経験が長ければ当然かもしれない。
でも「まずは社会経験を積め」という前に、色んなプロセスを話ししないと結果だけ伝えても相手は案外腑に落ちていないものだ。
人間的な圧力で押し切ってしまって(時にはそういう勢いも必要だが)、相手はモヤモヤしているのでは勿体ない。

この人はどんな性格で、どんな将来がお似合いだろうか、営業の道もある、技術の道もあるかも、とリセットして考えてみることが本当の相談なのだと思う。

経験と共に自分に溜まるステレオタイプは強力なノウハウであると同時に危険なヤツでもあるのである。