ほぼ日より。(ぜひ本文を読んでください)
「これからは、一切、緊張しました、とか
緊張してます、とか言わないように」と書いた。
緊張してるとかしたとか、だれにとってもどうでもいい。
糸井重里という人は、お目にかかったことはないけれど、多分、
「等身大」で居ながら、
なぜってその「等身大、自然体が最も強くて安定していて、だからこそ最強なのだ」ということを知り抜いていて、
だから見た目も言葉もそんなに威圧感もないし、
とっつきやすいけれど決して与しやすいわけではなく、
ナメてかかると瞬時に斬られる。
いや、斬られはしないか。
多分相手にして組み合ってもらえないだろう。
だけれども…
と言葉で糸井さんの印象を表現しだしたら相当に難しい。
硬軟両面を併せ持つというか、
それでいてどんな相手にも合わせられて、でもその理由は相手の下心のなさが前提であって…
とか羅列していくと自分の筆力ではキリがない(ことに今気づいた)。
なんか怪物ぽいぞ。
あ怪物か。
そんな糸井さんが「ありありと分かる厳しさ」というか、
いや、それは実は優しさというべき感じももちろんあるのだけれど、
兄貴的なアドバイスでもあるし、でも
"師として直弟子への止むをえぬ鉄槌"でもあるようだ。
ともかく、優しかったとばかり思えた兄貴が、怖いまでの厳しさをチラと見せた。
多分、自分みたいに一般人として糸井さんを見ていたら、そんなに見ることはない。
師が生涯に何度も見せない「稽古つけ」を垣間見た気がした。
「それをやせがまんするだけで、一皮むけるぜ!」
なんだったら、これ読んでるあなたにも、あげよう。
いただきました。
こわ。
でもたまにこういうのがあると痺れるんだよなぁ。
ここ数日の冷気のようだ。
・だんだんと年下のともだちが多くなっていく。
つまり、じぶんが年上のおやじになる場面が多くなる。
まわりの人たちよりたくさん生きてきたせいで、
つまらないことも、何度も何度も経験してきた。
やってみなきゃわからないことを実際にやって、
うまくいったり失敗したりもしてきた。
なるべくなら、めんどくさい判断はしたくないし、
いざ決戦のときみたいな場面は好きじゃないけれど、
人間を長くやっているものだから、
そういうことからも逃げてばかりはいられない。
決断をすることも、賭けてみることもやってきた。そういうことの積み重ねで、利口になったとは思わない。
ちっとも利口になってはいないけれど、
これは覚えておかなくちゃということがたまってくる。
若いときには気づけなかったけれども、
苦い味わいとともに気づかされてきたこともある。
たまに、そういう、ちょっと先に知ったことなんかを、
若い人に教えておいてやろうと思ったりもする。
まことに、お節介なことなのだけれど、
「これを知っておくと、けっこういいぞ」ということを、
ちょっと伝えておくこともある。
うるさいなぁと思われるのもいやなので、
いまなら聞いてもらえるかな、というタイミングで言う。
先日の、そういう場面が、なんだか印象に残っている。ある年下の親しい知りあいが、いい仕事をしていた。
これはいい仕事だなぁと思って、
「あれ、いいね」と連絡を入れた。
とてもうれしい、という返事が弾むように返ってきた。
とてもうれしいのついでに、
「はじめての仕事だったので、すっごく緊張しました」
と書いてあったので、間髪入れずに返事を出した。
「これからは、一切、緊張しました、とか
緊張してます、とか言わないように」と書いた。
緊張してるとかしたとか、だれにとってもどうでもいい。
それを言うことで、なにかの言い訳になってしまう。
言わないぞ、と決めればいいのだ、緊張していてもね。
「それをやせがまんするだけで、一皮むけるぜ!」
なんだったら、これ読んでるあなたにも、あげよう。今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
緊張するのは当たり前よ。それを言わないで、行くんだ!土曜日、日曜日と祝日の「ほぼ日」は9時に更新しています。