春秋より。
今、政治の主張はネットで発信される例も多い。
受け手は自ら関心ある情報しか集めない。結局、視野は狭まり先鋭となる。
広く、ネットで情報には触れているつもりでも、いつの間にか「回遊する空間」は決まった場所になってしまう。
なぜなら色々と他をあたってみても、そんなに興味のある場所には行き当たらないから、つい居心地のいいところに佇む。
竹内さんはこの傾向を「自分筋」と名付け戒めた。
報道系、情報系のソースはそれを扱うメディアが「中立であろうとする」という建前があるからまだいい。
そうではない思想系というか、「創造系」の情報にはよほどしっかりと情報の触れ方を考えておかないと「自分筋症候群」になってしまうのだろう。
ネットでは特に時間軸が緩いから、少し(あるいは大いに)古い情報は取りこぼしがちだし、つまり
・古い情報
・異分野の情報
・母国語以外の情報
などが「視界から消えてしまう」ことになる。
こういうのを解決するいい方法があった。
大きな書店をうろつくのである。
入り口には、超売れ筋のものが平積みされているし、ジャンルごとにも平積みコーナーがあるし、もちろん分野の関係なく「最新刊」のコーナーもある。
まあ人々の関心のるつぼ、って感じだ。
ネットで偏った自分の頭を、リアル書店で解きほぐす。
ただし何万円も散財してしまう可能性は非常に高いから、「そこそこの現金だけ」を持参していく方がいいかもしれない。
春秋
2016/11/27付作家の安部譲二さんは1975年、銃の不法所持などの罪で東京の府中刑務所に収監中だった。所内の木工工場では、徳島大中退で、赤軍派メンバーの城崎勉被告と席がとなりだったという。眼鏡の奥の澄んだ瞳を輝かせ、革命へ一生をささげる、と話していたらしい。
▼被告は77年、ダッカの日航機ハイジャック事件で、乗客の命と引き換えに「超法規的措置」で釈放された。86年にジャカルタでの大使館襲撃に関与したとされ、米国で十数年、服役した後、日本で起訴。先日、懲役12年の判決が下った。68歳で、団塊の世代である。法廷では「余生は故郷で過ごしたい」とも話したという。
▼社会学者の竹内洋さんは60年代末の学園紛争の高揚を学生の境遇の変化から分析している。大学進学率が3割に近付き、進路が経営幹部候補や知的専門職でなくなった。自分は教養あるエリートとは無縁のただのサラリーマンになるのだ、との不満も背景にあったという。一部は社会変革に走り、運動は現実から遊離した。
▼70年代に撮られた活動家の手配写真を街頭で見る。一時の激情からの行動が、いかに長く世に残響するか。今、政治の主張はネットで発信される例も多い。受け手は自ら関心ある情報しか集めない。結局、視野は狭まり先鋭となる。竹内さんはこの傾向を「自分筋」と名付け戒めた。内外のニュースに、思い起こす一言だ。