中国はインターネットの仕組みを抜本的に変える提案を国連機関に行った。中国側は、(離れた場所で立体映像を映す)ホログラムや自動運転車など最新技術の実現に役立つと主張しているのに対し、批判派からはウェブの基本構造を国家による監視を可能なものにする仕組みだと警戒する声が上がっている。
北京の天安門広場 でスマートフォン を使う人々にも監視の目が向けられる=ロイター
中国の通信大手華為技術 (ファーウェイ)は、中国聯合網絡通信(チャイナユニコム)、中国電 信(チャイナテレコム)の国営通信会社2社および工業情報化部(経済産業省 に相当)と共同で国連の専門機関である国際電気通信連合(ITU )に「新IP(インターネットプロトコル )」技術を提案した。
英国、スウェーデン や米国など西側各国は中国が提案している新IPは世界のインターネットを分断し、国営のプロバイダーが市民のネット利用を隅々まで統制するようになると懸念している。ITU の西側代表団によるとロシアは提案を支持しており、サウジアラビア も支持する可能性があるという。
「水面下ではインターネットのあり方について激しい戦いが繰り広げられている」と英国代表の一人は匿名を条件に話した。
「二つのビジョンが対立している。一つは非常に自由でオープンかつ政府の関与がないもの。もう一つは政府が厳しく統制や管理するものだ」
ファーウェイによると、新たなネットワークアーキテクチャ ーを構成する技術は一部完成している。複数の国や企業が関わっており、その名前は明らかにできないが、2021年の早い時期には試験段階に入るという。
フィナンシャル・タイムズ はパワーポイントのプレゼンテーション資料と正式な標準提案書を入手した。その中でファーウェイは、世界中のネットワークを支えている通信プロトコル TCP/IP は「不安定」で「極めて不十分」であり、30年までにデジタルの世界で必要とされる自動運転車やあらゆるモノがネットにつながる「IoT」、ホログラムを使ったテレポーテーション(瞬間移動)などの最先端技術に対応できないと主張している。
そしてITU は「長期的視点」に立って「ネットワークの将来のために責任を持ってトップダウン 設計を採用すべきだ」と提案している。
ファーウェイは、新IPの開発は急速に展開するデジタル界の技術的要求に応えることだけを純粋に目指しており、どのような統制機能も組み込まれていないと主張している。また同社はITU で将来のネットワーク技術を研究するグループを率いていることを明らかにした。「世界中の科学者やエンジニアに新IPの研究と革新に参加・貢献する機会が開かれている」と広報担当者は話した。
現在、ITU 事務局長は中国出身で通信エンジニアの趙厚麟(ジャオ・ホウリン)氏が務めている。中国・工業情報化部が指名し14年に就任した。
サイバーセキュリティ企業の英オックスフォード・インフォメーション・ラブズが近くNATO (北大西洋条約機構 )に提出する報告書は、新IPが「ネットワークの基盤に極めて微細な統制機能」を埋め込むことを可能にすると指摘している。報告書の執筆陣にITU の英国代表部のメンバー複数が含まれている。また、この報告書は、中国側のアプローチは「インターネットをより中央集権化されたトップダウン の管理体制に導く。利用者個人も管理される可能性があり、安全保障や人権の問題が伴うことも考えられる」と述べている。
200か国近くが加盟するITU が批准した基準はアフリカ、中東及びアジアの発展途上国 を含む多くの国々採用されている。専門家は、中国が広域経済圏構想「一帯一路」を進めるなかで、これらの国々にはインフラや監視技術を提供することで合意していると指摘している。
ファーウェイと新IPの共同開発者は11月にITU がインドで開催する通信関連国際会議で新IPの標準化を目指している。
中国が提案している新IPとは?
ファーウエイ、中国国営通信会社と中国政府はITU に新しいIPを提案している=ロイター
現在のインターネットの枠組みは半世紀前に設計された。その仕組みは郵便に似ている。 情報を世界中に送るという難しい問題を解決するため、技術者たちは情報をパケットに小分けして、多くのコンピューターの間で転送する仕組みを考案した。 パケットにはIPと呼ばれる送り先の住所が割り当てられており、届いた先で正しい順番で再び組み立てられる。 この光速で行われる手順が「伝達統制プロトコル (TCP )」だ。個別のコンピューターを識別するIPシステムと併せてTCP/IP と呼ばれる。 「通信の世界におけるTCP/IP は生物のDNAに相当すると考えていい」とジョン・ノートン 氏はインターネットの起源を解説した書籍、「ア・ブリーフ・ヒストリー・オブ・ザ・フューチャー:ジ・オリジンズ ・オブ・ジ・インターネット」のなかで述べている。 FTが入手した文書では、ファーウェイは新IPを「よりダイナミックなIPアドレス システム」だと説明している。また同社の技術者チームはインターネットが非公開の通信網や専用通信網や人工衛星 を介したものなど、別々のネットワークに分かれつつあると指摘している。 「アドレス付与のメカニ ズムに互換性がないため、各ネットワークをつなぐのは困難だ」と文書は述べており、新技術に対応するにはより効率的なアドレスシステムが必要だとしている。 新IPでは同一ネットワーク内の機器がインターネット中を介さずに直接情報をやり取りできるため、先端技術への対応が可能になるという。 新IPへの懸念が生じるのは、政府や運営企業がどの程度IPアドレス を統制することができるのかという点に関してだ。新プロトコル はネットワークに「追跡機能」を持たせることを義務付ける可能性があるとの批判が出ている。新しく追加されるアドレスやそれを利用する人間、そしてウェブ上でやり取りされるパケットが追跡されるというのだ。 ITU でのプレゼンテーションで、ファーウェイは新IPに「遮断コマンド」を持たせることを明らかにした。出席者によると特定のアドレスの情報の送受信をネットワークの中心にあるものが遮断できる機能だという。これにより新IPは「中身を確認することもなく小包を運び回る配達員」の役割を果たしている現在のネットワークとは「本質的に異なる」モデルになるとこの出席者は話した。
By Anna Gross and Madhumita Murgia
(2020年3月28日付 英フィナンシャル・タイムズ 電子版 https://www.ft.com/ )
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