藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

分業と節制。

*[次の世代に]すべて自分に還る。
好きにすることが必ずしも良いわけではない理由。
自分たちにいろいろな知識がなければ、おそらく自分たちは「したい放題」にしているに違いない。
つまり食べたいものを食べ、あとは寝て過ごすだろう。

ところがみんながそうしていては電車も走らないし、車も手に入らないし、この世に医者はいないかもしれない。

みんなが分業をしだしたのだ。

みんなが何かの役割を持ったり仕事に従事したりしながら、昔に比べれば格段に便利になった今の生活がある。

つまりお金を通じていろんなことが「分業」に向かった結果とも言えるだろう。

さらに。
好き放題に暮らしていては栄養状態も偏り、運動も不足し、寿命は野比ないだろう。

管理とか目標とか成績とかお金とか、そういうものは結局は全体が"良い方向"に行くためには必要な理屈のようでもある。

「どこか良いところ」へ向かうために、何かの目標を持ちましょう、と言うのなら取り組みやすいのではないだろうか。
理由をきちんと理解しないとどんなこともやる気にはなれないものだから。
 
節制は人のためならず…ということなのだと思う。