藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

昭和の幻想

*[次の世代に]大事なものの順番。

今年はコロナ一色で去年の今ごろは、まさか年明けから長期の「ほぼ謹慎生活」になるとは思ってもみなかった。

今振り返ってみれば、そんな予兆はあったのだと思うが、未来の予想というのは悲観的過ぎても楽観的過ぎても現実味がなくて、つくづく難しいものだと今さら思う。

それにしても今年の1年のおかげで、大きく見えてきたものもある。

それは「大事なものの順番」ではないだろうか。

よく自分も書いている「昭和から令和へ」というような価値観の大きなうねりのように思える。

そういう意味では「昭和のまやかし」がいよいよ解けるのだ。

というか、昭和の時代には「当たり前に大事だった」ことが、かなり豊かになった今では「それほどでもない」というふうになっただけのことだろう。

 

では、「これから大事なこと」というのは"人生120年時代(ながっ!)の過ごし方"とか「どこで、だれと、何をして過ごすのか」というような「"とりあえず生きるためのこと"以外のこと」をようやく正面から考える時代が来るのだと思う。

人間はようやく「生き延びること」を中心に考える時代から脱したのかもしれない。

 

残念ながら「食べることが満たされないとき」には環境問題とか、SDGsとかいう話は話題にも上らない。

衣食足りて礼節を、ではないがようやく21世紀になってそんな「生きることを考える時代」に入ったような気がする。

コロナもあってそんな時代が急に訪れたのではないだろうか。