藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

最後のギフト

*[次の世代に]ロングバケーション

ここ数年というもの、長期休暇を取るのは珍しくなくなっているし、連休もどんどん大型化している。

それでも欧州の人たちに比べればまだ休暇は短いらしいが、まだ日本では一月以上の休みを取る人は少ない印象だ。

"二十歳までの自分"に言ってやりたいのは「まる一月以上の休みはもうないぞー」ということだ。

まあ思えば無為に過ごしてしまったものだ。

もっと何かに打ち込んでいればよかった、と思うけれど「そういう考え方こそ」が今の「生産性至上主義」とか「ROE経営」みたいなもので、実はさもしい考えなのかとも思う。

そんなのは「時間は有限なのだ」ということを身をもって知る「人生後半組」の遠吠えなのかもしれない。

 

ロングバケーションというドラマで、主人公が「僕は今まで永ーいお休みを取っていたのかもしれない」というセリフがあったが、自分の人生もそんな風に「少し長い目」で考えてみるのもいいと思う。

効率だけが人生ではなく。

 

けれど。

けれど。

ありましたよ。

ロングバケーションが。

それは「定年」とともにやって来る。

そして今度こそ名実ともに「最後までのバケーション」である。

自分の最後が「永いながーいバケーション」なのだと考えれば、最後にもらうボーナスのようなものに思えてこなくもない。

 

まあその分"老い"も一緒にやってくるわけですが。