藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

生涯の一文

*[ウェブ進化論]自分の墓碑に刻む言葉。

先日、自分の生涯を墓碑にでも刻むようなつもりで「〇〇で生涯を過ごした男、ここに眠る」と考えてみることを書いた。

 

「脇役の役者で一生を過ごす」とか「細菌学の研究に生涯を捧げた」とかいうのはなんともロマンがあってかっこいい。

「凡百な家庭を作り、幸せに暮らす」なんていうのもシブいのではないだろうか。

フーテンの寅さん、なんていうのは究極の人間味なのかもしれない。

 

鉄鋼王のカーネギーは「自分より優れた者に働いてもらう方法を知る男、ここに眠る」と墓碑に刻まれているという。

これ以上かっこいい墓碑なんてあるだろうか。

 

このカーネギーの碑文も典型なのだが、重要なのは「客観性」だろう。

自分の"今生きている日々と過去、そして将来"をどの程度客観的に捉えられるのか。

 

そしてその視点が自分の没後の「墓石に刻まれてから」になるのは少し残念だ。

できれば生前から自分の墓碑に刻む言葉を考えたい。

 

せめてこの「生涯の〇〇」を刻めるような生き方をしたいものだ。

何か"信念"のようなものが必要なのだと思う。