藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

直線をたどる(1)

*[ウェブ進化論]ただそれだけのために。

F1 カーというは数多くの部品を「ただ600キロほどのレース」一度だけを、最速で走るために組み上げられるのだという。

莫大なコストをかけて、"一度きりの走行を競う"というのはどこかため息の出るような話である。

けれど考えて見れば、こういう「ただ〇〇のために」というのはいろいろある。

スポーツ競技のアスリートだってそうだ。

芸人や芸術家もそんな側面があるだろう。

それはともかく。

 

ちょっと角度を変えて見てみれば、

例えば乾電池で動く製品は、乾電池という「ただ一年間ほどで必ずゴミになってしまうもの」を使っているわけだ。

そう思うとかなりエコではないとも思える。

もし「乾電池を毎日取り替えなければならない家電」があったとしたら、それは支持されないに違いない。

「一個100円の乾電池で一年間動く」ということは自分たちの感覚ではOK。

これが「半年に一回の交換」ならどうだろうか。

さらに「一月に一回の交換」ならどうだろうか。

 

そういう意味では自分たちは日々「いろんなものの寿命と付き合っている」と言えそうだ。

適度な寿命のものは受け入れられるが、あまりにコストがかかるとか手間がかかるものについては拒否感が強くなるのだと思う。

(つづく)