藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

ゴールを見ない時代に

*[ウェブ進化論]経験値こそ重視する。

昨日「失敗に感謝できるか」ということを書いた。

つまり自分たちの日常は「経験値」の集積だとも言えるだろう。

だから幼年から高齢にるにつれその経験値は溜まる一方ということになる。

ということは「どんな経験値を貯めていくのか」ということは、実はとても重要なことなのだ、と気づく。

 

一見、無駄に見えるような労働とかボランティアとかも「経験値」という観点から見れば、とんでもなく貴重な経験になる、という話はよくあることだ。

(そういう意味ではボランティアとか、単純労働なども忌避することなくどんどん経験するといいと思う)

 

そして自分たちの「長く短い100年程度の一生」を予想すると、その中での"経験"こそが「もう一つ先の選択」をするための肥やしになっているのだと思う。

失敗を恐れず。

なぜならその失敗から、必ず得られるものがあるから。

そして「成功」をいたずらに目指すこともなく。

 

そんな風に考えると、自分たちの一生というのは「どこかのゴールに向かっての旅の過程」ではなく、「プロセスそのものを楽しむ工程」という方が正しい表現なのではないかと思う。

ゴールを目指していると、そのゴールはいつの間にか時代とともに変わり、そして時には明確には見えなくなってしまう。

 

結果を盲目に見ることなくプロセスを楽しむ、というのがこれからのスタンダードになるのではないだろうか。