nikkei styleより。
先日「どうしたいかを考え、勝負にこだわるな」という吉本隆明氏の話を紹介した。
文具メーカーの雄、コクヨのノートを「よくもまあこれほど見事に」真似したものだが。
それはさておき。
そんなまあ不倶戴天とも言える相手には。
何とかとっちめてやろう。
お上に訴えてやろう。
邪魔してやろう。
と普通は考える。
何とコクヨはそんな敵を買ってしまったという。
あっぱれだ。
「敵を攻め破り、敵城を奪取しても、戦争目的を達成できなければ、結果は失敗である。これを費留(骨折り損のくたびれもうけ)という」という意味。
吉本さんの話の主旨にどこか似ていないだろうか。
兵法の大家、孫子に学べ 難局を乗り切る突破力|出世ナビ|NIKKEI STYLE
多くの日本人が使ったであろうCampus(キャンパス)ノート。そのキャンパスノートのパクりとおぼしき「Gambol(ギャンボル)ノート」が中国で現れました。黙って見過ごせないこのピンチ。メーカーのコクヨはどんな手で難局を乗り切ったでしょう?
(1)直接抗議して止めさせる
(2)法的手段に訴える
(3)「安さ」で対抗する
普通に思いつく選択肢はこんなところでしょう。でも、コクヨがとった作戦は、そのいずれでもありませんでした。
ビジネスでも生活でも、「まさか!」と思うようなことが起こります。想定外の出来事、不慮のトラブル、偶然の出会い……。それが「予期せぬ幸せ」であればいいのだけれど、「まさか」は大抵、悪いほうの目に出ます。
だからこそ「まさか」が起こるときは、「人間性が試される瞬間」でもあります。ふだん偉そうに威張っている社長が株主総会で「まさか」の質問に絶句してしまうと、もう社員から尊敬してもらえません。その逆に、涼しい顔をして難局を切り抜ける姿を見せることができたなら、部下たちの心をしっかりつかむことができます。この差はあまりに大きい。私たちは部下や友人の信頼を失わぬよう、「まさか」に対する対処方法を身につけねばなりません。
しかしこの点、ビジネス書の多くはあまり参考になりません。なぜなら昨今のビジネス書には「こうすればうまくいく」といったノウハウばかり紹介されているからです。
「知的財産」の重要性について解説している本はたくさんありますが、実際に自らの製品のパクりが現れたとき、どう対応すればいいかは教えてくれません。機転を効かせた対応、発想の転換、ユーモアを含む「まさか」の乗り切りかたは、ビジネス書でほとんど語られていないのです。
まじめな日本人は、リスク対応にあたって「想定外のまさか」が起こらないように準備をします。しかし、どれだけ準備しようと、「想定外のまさか」は必ず起こります。ここで、「まさか」に役立つ古典を紹介しましょう。その名を「孫子の兵法」といいます。
■孫子の兵法はなぜビジネスの戦場で役立つのか
孫子の兵法は約2500年前の中国春秋時代、兵法家の孫武が書いたとされる戦いの古典です。2000年前に書かれた「論語」は日本人になじみ深い古典ですが、「孫子の兵法」は読んだことがないという人が珍しくないのではないでしょうか。
私がキャンパスノートを使って勉強していた若いころ、論語はよく古文や歴史の授業に登場しましたが、「孫子の兵法」が学校の授業で取り上げられることはありませんでした。そこにはワケがあるのです。なぜなら、「孫子の兵法」は子どもたちには少々「聞かせたくない」内容が含まれているからです。
たとえば「負けそうなら逃げろ」とか、「だましたモノが勝つ」とか……。これを教わった「素直すぎる」小学生は、もしかしたら運動会をずる休みしてしまうかもしれません。
しかし孫子の兵法は、厳しいビジネスの戦場で戦う私たち大人に「大いなる気づき」を与えてくれます。孫子は過酷な「戦争」について、その戦い方を説いています。ビジネスより、恋愛より、はるかに厳しい戦いである「戦争」。そこでは命がかかるからこそ、「まさか」の事態と常に背中合わせです。少しでも対処方法を間違うと、兵士が死んでしまうので、「失敗が許されない」という環境でもあります。
「まさか」の連続であり、かつ、失敗が許されない戦場。そこでの過酷さはビジネス戦争をはるかに上回ります。だからこそ、戦場で研ぎ澄まされた知恵の数々はビジネス・恋愛・人間関係の役に立つというわけです。コクヨの1980年代の「キャンパスノート」(右)と中国最大手の「Gambol」ノート
■ヒット商品をまねされたコクヨが放った、奇想の妙手とは
さて、お待たせしました。中国でパクりとおぼしきノートが登場したときのコクヨは意外な作戦でこの難局を乗り切ったのであります。それは、「Gambolを買収する」という意外な技でした。
Gambolを生産販売する「何如文化用品」から、コクヨは2012年、その生産設備と販売網を買収しました。正面切って戦うのではなく、また裁判などの法的手段に頼るのでもなく、ライバルと手を結ぶかたちで「まさか」のピンチを終結させたのです。孫子の兵法にいわく、「それ戦勝攻取してその功を修めざるは凶なり。命づけて費留という」(火攻篇)。
これは「敵を攻め破り、敵城を奪取しても、戦争目的を達成できなければ、結果は失敗である。これを費留(骨折り損のくたびれもうけ)という」という意味。この一節は孫子の真骨頂といえます。目先の争いに勝ったとしても、そこにこだわるあまり、大きな目的を達成できなければ、それは失敗である。つまり将たる者、常に大局的な視野を持って事にあたらねばならぬという教えですね。コクヨはCampusブランドで得る目先の売上を追うのではなく、中国進出への足がかりをつくるという大きな目的のために「Gambolと戦わない」という選択をしたのですね。
孫子の兵法にはかくのごときビジネスの知恵が満載です。これを参考にしない手はありません。多くのビジネスパーソンは論語は読んでも孫子は読みません。ちなみに本家の中国でも論語人気の一方、若い人は「孫子兵法」を敬遠して読まない人が多いそうです。本当にもったいない。
本連載では次回以降、私が考える「孫子の兵法をビジネスに生かす知恵」をお伝えしていこうと思います。ビジネス・商売に生かす「孫子の『商法』」、ライバルに隠れてこっそり読むのだ!
※「孫子の『商法』」は火曜更新です。次回は6月13日の予定です。
田中公認会計士事務所所長。1963年三重県出身。早稲田大学商学部卒。「笑いの取れる会計士」としてセミナー講師や執筆を行う一方、落語家・講談師とのコラボイベントも手がける。著書に「良い値決め 悪い値決め」「米軍式 人を動かすマネジメント」など。
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