藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

本当の選択の時代。

池上さんの講義録より。

多数の学生たちの答案を読んでいると、共通の特徴が見えてきます。それは、出題者の私が求めている答えを探りながら書いているということです。自分の考えを書くよりは、「求められている答え」を素早く探し出し、出題者を満足させようと努力していることが、手に取るようにわかってしまうのです。

「出題者の求める答えを探る。」これは間違いだろうか。
相手の意向を汲んで、その「狙い」を書く。
それはそれで重要な感性だ。
ただそれは「出題者の側に必ず答えがある場合」のことである。

答えのない問題の方が、世の中には圧倒的に多いということ。

○×式のトレーニングが弱い理由はここにある。

「正解はない。」
むしろどれを正解にするのか。
自分が選ぶその「正解」を選ぶ根拠を自分はどのように導くのか。
その導く理屈そのものは、自分の倫理とか価値観そのものになってくる。

概ねの規定路線、がなくなってきた時代。
大体の型にはまった「無難な生き方」はなくなろうとしている。
豊かにはなっているものの、これまでの「同類の選択肢」というのはこれからにはあまりそぐわない。

何が正解か?を求めるのではなく、なぜ正解か?を自分が考えて、自分に説明する時代になっている。

けれど、これってこれまでの「大量正解の時代」よりよほど面白い時代ではないだろうか。
ようやく自分のことは自分で決めていい時代になったのだという気がする。
自由を前に戸惑いもあるだろうが、楽しい時代ではないだろうか。

「正解」を求める学生たち
2016/3/7 3:30
日本経済新聞 電子版




 東京工業大学の期末試験の採点が終わりました。私の担当は1年生向けと2〜4年生向けの計2科目。800字以内で答える記述式です。

 私の場合、敢(あ)えて縦書きの原稿用紙を使用します。入社試験で、この形式を採用しているところもありますし、実社会に出れば、こういう場面に遭遇することがあるからです。

■「求められている答え」を探す大学生

 理科系の学生たちは、ふだんパソコンを使って横書きで文章を書いているでしょうから、自筆で縦書きの文章を書くのは戸惑いがあるかもしれません。段落を変える際には冒頭の1文字分を空けるという基礎的な常識を持っていない学生が結構いることに、毎回驚かされます。


東京工業大学で講義する池上彰教授(東京都の東京工業大学大岡山キャンパス)
東京工業大学で講義する池上彰教授(東京都の東京工業大学大岡山キャンパス)

 本や新聞を読んでいれば、こういう常識は身につくはずなのですから、読んでいないことが露呈します。そもそも小学校の作文で、書き方のイロハは学んでいるはずなのに、忘れてしまうのでしょうか。

 とはいえ、文章に誤字脱字は少なく、しっかりとした学力があることが窺(うかが)えます。とりわけ留学生の文章力の高さには驚かされます。

 採点は真剣勝負。力を込めて書いた学生諸君の答案をおろそかにするわけにはいきません。正座して文章を追っていきますが、鉛筆で薄く書かれた文章は読むのが苦痛です。たまに力強い筆致で黒々とした文字列に出合いますと、その学生の自信の度合いがわかる気がします。

 私の成績評価が厳しいことは、東工大生の間で知れ渡っていて、履修希望の学生は年々減っています。年度の途中で履修取り消しを申し出る学生も増えています。

 それでも果敢に私の科目を取ってくれた学生たちですから、その意欲に報いたいのですが、今回もそれなりの数の学生が合格点に達しませんでした。

 多数の学生たちの答案を読んでいると、共通の特徴が見えてきます。それは、出題者の私が求めている答えを探りながら書いているということです。自分の考えを書くよりは、「求められている答え」を素早く探し出し、出題者を満足させようと努力していることが、手に取るようにわかってしまうのです。


いけがみ・あきら ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)「いま、君たちに一番伝えたいこと」(同)。新著「池上彰の18歳からの教養講座」(同)。長野県出身。65歳
いけがみ・あきら ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)「いま、君たちに一番伝えたいこと」(同)。新著「池上彰の18歳からの教養講座」(同)。長野県出身。65歳

 受験競争を勝ち抜いて東工大に入ってくる学生たちは、きっと小学生の頃から、そういう訓練を積んできたのだろうなと思ってしまいます。

■恐れを知らない果敢な姿勢を評価

 でも、これでは、「正解」がないような問題に取り組むことができないのではないか。社会に出たら、世の中には「正解」がないことばかりなのに。それが心配になります。

 こんな答案が続きますと、読むのが次第に苦痛になります。面白さに欠けるからです。想定内の答案が続くと飽きてきます。眠気も襲ってきます。何度も何度も同じ文章を目で追っている自分に気づき、慌てて居住まいを正します。

 それだけに意表を衝(つ)いた答案に出合うと、目が覚めます。出題者の意図など考慮しない答えは刺激的。思わず高い評点をつけてしまいます。

 中には、このコラムの内容のまとめ方を批判する答案があって、驚きました。授業での学生たちの発言をコラムにまとめた際、発言内容が十分に反映されていないというものです。

 分析力を感じさせる文章だったこともあり、高く評価しました。恐れを知らない果敢な姿勢。これこそが、これからの社会を切り開いていく学力なのだと思うのです。