藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

過去のしがらみを超えて。

「ヨソ(他所)はよそ!ウチはうち!」は、「隣の芝生」を羨ましがる自分に母親がよく言っていた一言。
大人になればよく分かる。
そんなのは「詮無い(無益な)こと」なのだ。

いまやエストニアは、人口比で欧州で最もスタートアップ企業の多い国。
(中略)
成功するとは限らない。
失敗も多いだろうし、失敗し続ける者もいるかもしれない。
それでも、この会場で感じた清々しさは、「機会と場所」が、外国人も含めた皆に、「広く公平に」用意されているという実感から来ていたと思う。

今でも世界第3位の日本が、気がつけばもう「そんなこと」が全くできなくなっている。
脂ののった40から60歳の世代が「あきらめムード」では若手はやる気すら起きないだろう。

「大国の病」と言えばそれまでだが、それでもアメリカや中国は「新しいそちら」を向いて必死である。
日本の保守派とか既得権益とか岩盤規制とかは、「いっそ国とともに滅んでやる」と言いかねないほどの頑強さだ。
存外に「広く公平でない」日本で、どれだけ素早く強力に動いていくのか。
動きにくい国だからこそ、工夫の余地があるのかもしれない。
まだこの国を諦めるのは早いのじゃないだろうか。

【堤伸輔・コラム】バルトの小さくて真っ当なIT先進国

9/15(土) 20:40配信

トームペア城から見晴らすタリン旧市街。

世界で5本の指に入ると言われるIT先進国、エストニアにてテック・カンファレンスを取材したジャーナリストのがリポートする。【このコラムを読む!】

バルト海を滑るように走っていたフェリーが、徐々に速度をゆるめ港に入ってゆく。この5月、初めてエストニアを訪れた。港でタクシーに乗ると、運転手はロシア人。1991年に「再独立」するまではソ連支配下にあったため、人口130万人のうちロシア人が3割ほどを占めるのだ。面積で日本の8分の1弱、人口は100分の1しかない小国だが、いま、世界の注目を集めている。その理由を体感するため、フィンランド経由で首都のタリンを目ざした。

旅の主眼は、「Latitude 59°」と題するテック・カンファレンスへの出席。北緯59度という首都の位置にちなんだ呼び名のこの集まりは、毎年、2000人以上の参加者がある。開催前日、13世紀から残るタリン旧市街の石畳を歩き、発電所を改装したイベント会場へ出向いた。事前登録をしたほうがいいと聞いていたからだが、そこでは、おそろしくアナログな準備光景を目にすることになった。ベニヤ板で説明用のブースを造る若者たちがあちこちにいて、さながら学園祭前夜の大学キャンパス。列に並んでようやく自分の番になると、登録済みの目じるしは係の女性が手首に巻いてくれた、シャワーの時もはずせないただのリボン。ICチップはどこにも見当たらない。これが、「世界で5本の指に入る」とも言われるIT先進国の、しかも、IT企業家&起業家たちの集まり? と、はるばるやってきた旅路の無駄が頭をよぎった。

その不安は、しかし、2日間のセッションの間に消えていた。ベニヤ造りのブースでは、自ら開発したソフトやサービスを売り込もうと、世界20カ国から訪れた一般投資家やエンジェルたちに、バルト三国の若者たちが声をかける。事前にアプリで連絡を取り合った投資家や起業家たちは、石造りのひんやりした地下フロアに下りて、小テーブルを囲んで商談。何とか買い手や提携先を見つけようと、みな懸命だ。

彼らにとってのスターは、2003年にこの国が世に出したSkypeの開発を担い、いまでは投資家となったヤアン・タリン氏、あるいは、スタートアップ支援で知られる氏。はこの国に子どもたちの創造力を伸ばす教育のための拠点を作った。TED TALKのようなセッションがいくつも繰り広げられ、成功者が登壇すると、若者たちの眼が輝く。

いまやエストニアは、人口比で欧州で最もスタートアップ企業の多い国。ここに集まった多くの若者たちは、自分こそが次のヤアン・タリン氏だと思っているのだろうけれども、成功するとは限らない。失敗も多いだろうし、失敗し続ける者もいるかもしれない。それでも、この会場で感じた清々しさは、「機会と場所」が、外国人も含めた皆に、「広く公平に」用意されているという実感から来ていたと思う。

その典型例がe-Residencyと呼ばれる制度で、世界中の誰でもエストニアの「電子的な住民」になることができる。初期費用はわずか100ユーロ。オンラインで簡単に申請でき、これを取得すれば、まず、エストニアでの会社設立が可能になる。審査はあるものの民間銀行の口座も開設でき、現28カ国のEUの単一市場でビジネスができるようになるのだ。

たとえば、あなたが日本にいながらスマホ用のアプリを開発し、EU圏内で販売する。その代金はユーザーからエストニアの銀行にユーロで送金してもらい、利益を蓄えることができる。この国はスタートアップ企業に対する優遇税制で知られ、日本で課税されるより支払い額をずっと少なくできる。ただし、マネーロンダリングには厳しく、その種の不正を目論む者には向かない。

e-Residentの数は、2014年末の制度開始以来、刻々と増え、4万1200人を超えた。150カ国以上から応募があり、設立企業数も4500超。たった?と思うなら、日本との人口比で100倍して考えてみてほしい。412万人の仮想居住者と45万社の新規企業が加わった計算になるのだ。

会場で、きれいな紅型染めの着物の女性に出会った。聞けば、ブロックチェーン技術を活かして起業し、今年、夫妻でエストニアに移り住んだのだという。そうした起業家にとってビザの取得も容易だ。また、オフィスの設立支援から会計士の紹介まで、行政サービスも手厚い。バーチャルとリアル両面での外国からの進出が増えれば、エストニア人の雇用にも繋がり、ゆくゆくは税収も増加する。「いちばんの起業家はエストニア政府」と評されるほど新しいことに取り組む、若い指導者たちの国。彼らは自らをe-Estoniaと呼ぶ。

「岩盤規制にドリルで孔をあける」と大言壮語し、できたのは「腹心の友」の経営する獣医学部のみ。代償として、行政はゆがめられ、関係者は嘘も平気で口にし、政治に対する信頼にいくつも孔があいた。そんな国とは対照的に、規制緩和は、特権的な例外を作ることではなく、皆に広く公平に機会を提供できる仕組みを工夫することだと主張するエストニア。たった数日の滞在ですべてを賛美するつもりはないが、セッション終了後、中世の古い城跡から旧市街を見おろしながら、改めて物事の本質を思った。(8月2日記)

堤 伸輔
1956年、熊本県生まれ。1980年、東京大学文学部を卒業し、新潮社に入社。『週刊新潮』編集部に所属し、作家・を担当、国内・海外の取材に数多く同行する。2004年から2009年まで『フォーサイト』編集長。その後、出版部編集委員として『ドナルド・キーン著作集』を担当。14年よりBS-TBSテレビ「週刊報道LIFE」などで国際問題のコメンテーターを務めている。