藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

カルチャーとともに

*[ウェブ進化論]腕時計の未来。
時代を感じる、というのはその時代を生きている当事者にはなかなか難しいものだ。
ゆーっくり流れる川の中にいるようなもので、時の流れをリアルに感じることはあまりない。
だから自分たちの日常に起きる「微かな変化」にそんな流れを見出すのは、たいてい年寄りのセンサーである。
それはともかく。

ただ時間を確認するという意味で、"時計を付けている人"がとても少なくなっている。 

自分などかつてはかなりの時計好きで、結構いい値段で愛用していたROLEXはもう何年もお蔵入りにしてしまっている。
そして「この時計たちを再び身に付ける日はもう来ない」のではないかという気がするのだ。
クラシックカーに乗る若者があまりいないように。
 
オフィスでふと上を見上げて時間を確認する習慣は、まだなくならない気がするが、そもそも「オフィスそのものがどれだけ必要か」すらが、これから問われる価値観の時代だろう。

気に入ったデザインの時計を自分の手首に巻き、時間を確認しながらも「ちょっといいアクセサリーをつけているお洒落な気分」は、もうなくなるカルチャーなのかもしれない。

 洒落たデザインのものを選ぶにしても、令和の人たちが身に付けるのは、スマートウォッチがベースにになるのだと思う。

 

車はいち早く超高級車のEVやハイブリッド化が先行しているが、時計でも近々フランクミュラーやオーデマピゲのスマートウォッチが出ることになるのだろう。

メーカーも柔軟な生き残りの時代に晒されているのが見どころだ。