藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

本音の時代

*[次の世代に]自分で考える。

「自分が楽しいと思えることに時間を使う」というのが最近の若者のトレンドのようだが、実に正常で合理的な考え方だと思う。

自分が二十歳だった40年ほど前には、親の干渉から逃れたくて「早く卒業して何でもいいから稼ぎてぇ!」と口にする友人が何人もいたものだ。

ともかく「お金を稼いで経済的な自由を得ること」を何よりも欲していたのだ。

そしてそのために「社畜」などと言われてもがむしゃらに働いた。

それが目的だったし、それでよかったのだ。

そして40年が過ぎ…

 

時代は明らかに変わった。

「経済成長」とか「蓄財」とか「消費」というものが目的だった時代の価値観は、実は"一過性のものだった"とみんなが気づいたのだと思う。

我に返ったのだ。

夢から醒めたとでもいうか。

仕事とは嫌なものだ、とか、大して楽しくはないものだ、けれど稼ごう、というそれまでの当たり前がまるで「音を立てて崩れ落ちた」というくらいにここ数年で変わっていると思う。

取って付けたように、ともかく大企業に入るとか公務員を指向するとか。

そして、その後ひたすら出世を目指すとか。

あるいは、何となく横並びで家庭を持つとか家を買うとか。

そんな「本来望んでいたのかどうかはっきりしないこと」を盲信しないのが今の若者のいいところだ。

「経済成長」というワードに双手を挙げて賛成する人たちが去り、「それってどうなの?」と素直に考える人たちが、これからの世の中の中心になってゆく。

今の五十代以上は、くれぐれも長生きしながら若者に「旧世代の価値観」を押し付けないことが最低限のマナーだと思う。