藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

年寄り目線

*[次の世代に]大人になってみたら。
若い人を見ていると、特に若ければ若いほど「なんて無駄な時間の過ごし方をするのだろう」と反射的に思うようになってきた。
この目線は、間違いなく「自分が10代の時に親世代の人たち」が自分を見ていた目線と同じだ。
つまり歳をとればとるほど時間に敏感になるのだ。
なぜこんなに感覚が違うのかというと、大人が賢いからではなく単に「残りの時間の差」だ。
つまり「もはやダラダラできないこと」を本能的にわかっているわけだ。
それはともかく。
これから盛んになるだろうAR技術などを使って(別にARでもなくていいんだが)この「歳をとった人の感覚」をリアルに体験させてあげることができれば、若者のダラダラがずっと引き締まるのではないだろうか。
 
まぁ、そのダラダラこそが若者の特権で「それがやりたくて自分たちは過ごしているんですよ」と言う説は、自分も経験者としてわからないではない。
 
追伸 
以前VRで「加齢の体験ソフト」を体験したことがあるが、視野は狭い、暗い、手足は思ったことの半分も動かない、耳も聞こえにくい、のに驚いた。当事者にしか分からないことはたくさんある。