藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

順風の先

*[次の世代に]平時にこそ。 

昨日「凶事」を瞬間的に「これから」に変えようということを書いた。

改めて考えればその通りで、どんな悪いことにも"底"はあり、どんないいことにも"頂(いただき)"はあるものだ。

(そういうことを考えると三国志を思い出す。そればっかりや)

 

で、悪い時には「ひたすら、これから良くなる道筋」を考えるに尽きるが、「まぁまぁ順調な時」のマインドが大事なのだと思う。

順調な(というか大して問題がない)時には「現状維持」あるいは「この先の高み」ばかりが景色として見えているものだ。

 実はこの時期に「ヤバい末路」をチラッと想定しておけるかどうかはとても大事だと思う。

 

自分たちは「うまくいかないこと」が怒ったら、悩んだり気落ちしたりしながらも考えるものだ。

だが一見、うまくいっている時には慢心する。

というか「考えなくなる」のだと思う。

それはそうか。

幸せな時に、先行きの不幸の心配ばかりしているのも詮無いことだ。

 

まあこれからの"行先の選択肢"を冷静に考える、ってことだろう。

さてコロナ騒動後の自分たちは、どんな道筋を描くかを考えましょう。